過去ログ

滋賀同友会
携帯からも最新の
情報が見られます。

記事一覧

地域主権改革推進シンポジウム「住み心地日本一へ!」(主催:滋賀県)で蔭山代表理事が発言しました。

ファイル 629-1.jpgファイル 629-2.jpgファイル 629-3.jpgファイル 629-4.jpg

 地域主権改革推進シンポジウム「住み心地日本一へ!」(主催:滋賀県)が2月11日(金)午後1時15分から6時半まで栗東芸術文化会館さきら中ホールで開催され、蔭山孝夫滋賀県中小企業家同友会(以下、滋賀同友会)代表理事がトークセッション2でパネラーを努めました。
トークセッション2は石川一郎氏(京都新聞論説委員)をコーディネーターに、蔭山滋賀同友会代表理事、小川泰江NPO法人びぃめーる企画室理事長、北岡賢剛滋賀県社会福祉事業団理事長、佐藤祐子びわ湖花街道代表取締役の4名がパネラーとなり、日本一住み心地の良い滋賀モデルについてトークしました。
 蔭山滋賀同友会代表理事は、日本と滋賀県での中小企業のポジションを、事業所数で99.7パーセント、雇用の70パーセント強を担い、地域の暮らしを名実共に支えていること。大企業がいくら業績を回復しても、地域の雇用は改善せず、中小企業の景況も良くならず、現状は中小自営業の4割が後継者問題を抱えていること。しかし、厳しい状況を他人のせいにせず、中小企業自身も自助努力
で自立型の企業へと変化し、経営理念を確立し、地域密着の新しい仕事づくりを進め、社員にとっても魅力のある企業へと発展する必要があると強調。閣議決定された中小企業憲章の精神「中小企業は経済を牽引する力であり、社会の主役である」という認識を県民に広めるとともに、中小企業が社会の主役たる努力を行い、県政では中小企業振興基本条例を制定し、中小企業の活性化を通じて税収を増やし地域の暮らし
を確かにすることが住み心地日本一への道であると提案。さらに、中小企業は自治会活動や夏祭り、文化活動などを担っていること。東近江市では3年前に滋賀同友会30周年事業の一環としてジャズフェスティバルを行い、今年で3回目、毎回2万人が集い150組のバンドが演奏し、まちづくりの新たな担い手が生まれていることも紹介。行政関係者200名ほどの参加者に中小企業憲章(内閣府)を配布し、中小企業を主役士に他地域づくりをPRすることができました。シンポジウムの司会は酒井恵美子さん(エフエム草津社長・湖南支部会員)。(M・H)

恒例の國松善次前知事と自転車で走る琵琶湖一周一が行われました。

ファイル 481-1.jpgファイル 481-2.jpgファイル 481-3.jpgファイル 481-4.jpgファイル 481-5.jpg

 ゴールデンウィークに突入した5月1日(土)と2日(日)に恒例の国松善次前県知事と自転車で走る琵琶湖一周が行われ23人が参加しました。
 今回は龍谷大学REC滋賀自転車愛好会の3名(内2名はこの日のために自転車を購入)と京都中小企業家同友会の井上代表理事(3年前から自転車にはまっておられます)、滋賀を自転車で元気にする事業を志す横浜からの参加者もあり、ぐっと輪が広がり楽しい企画となりました。
 ぐずついていた天気もすっかり良くなった1日(土)。午前9時に琵琶湖湖周道路沿い鮎やの郷駐車場に自走で集合。参加から自己紹介の後、國松氏より琶湖一周を楽しみましょうとご挨拶をいただいてスタートです。
 まず近江八幡の長命寺を目指して、平均時速18キロ程度で快走。昨年はママちゃりで参加(無謀にも・・しかし完走しました)した立命館大学のMお嬢も、今年は社会人1年生。サイクルジャージにパンツスタイルをバッチリ決め、ロードで参加。「もう最高」とばかりに引っ張ります。
 長命寺では滋賀県中小企業家同友会の蔭山孝夫代表理事ご一行様と合流。ここで湖岸の登りコースと大中農面道路コースに分かれて激送。REC滋賀自転車愛好会部長のI次長が激坂をマウンテンバイクで最後まで先頭に位置取りされたのは驚きの一言でした(ロードに乗れば頭を取れること間違いなし)。
 大中のコンビニで休憩し、いざ彦根へ。
 松原水泳場を目指しますが、そこはこのびわ一の趣旨である「スピードよりも地域探訪」のため、彦根藩11代目当主井伊直中により文化7年に造営された下屋敷が無料開放中とあって、急遽訪問。今のところ穴場スポット的でしたが、観光船乗り場と上手くつなげば大変立派な見学コースになるところです。さすがは彦根です。
 松原水泳場で昼食をすませ、ここでREC滋賀のみなさんとはお別れです。お疲れさま(とは言うものの折り返しで帰るのも一苦労ですが)。
 彦根ビューホテルの最上階でコーヒータイムを過ごし(実に最高の眺望です)気持ちを切り替えて再開。
 ここから湖北に向かう道程はまことに琵琶湖の自然満喫、個人的には一番素敵に感じるコースです。
 湖北の水鳥ステーション
http://www.mizudori-st.co.jp/index.phpでは、ママちゃりで琵琶湖一周する少年の自転車修理を手伝い(蔭山啓ちゃん修理工抜群の腕)、賤ヶ岳を登り切りトンネルを越えた風景の感動し、予定通り4時半頃に塩津の半次に到着。疲れを癒しにつづらお荘の大橋支配人に無理をお願いしてお風呂のためにマイクロバスを出していただき(これは特別のご配慮です。有り難うございました)岬のお湯を楽しみました。
 夕食は差し入れのモロコ料理が最高で。カメムシの襲撃も何のその、茶碗酒での大宴会でした。
 翌朝は7時45分に宿を出発。
 マキノへ抜ける坂を越え、海津を通り吉田酒造さんに立ち寄り、マキノプリンスホテルでコーヒータイム。
 ほっこりしたあと一気に新旭の風車村へ。
 チューリップが満開。
 昼食は北小松駅前の「ファミレスひろせ」ですませ、最終地点のびわこ米プラザへ。午後2時半に到着し、無事二日間走り終えたことを喜んで解散式。
 2011年は、京都同友会でも有志を募り参加するとは井上代表理事の弁。西と東回りの2班に分かれ、つづらお荘http://www.tsuzurao.com/をめざすコースが提案されました。
 琵琶湖とそれを取り巻く自然環境は他に類例をみない最高の資源。この魅力を全国に発信して、自転車仲間が集えるびわ一で滋賀を元気にしたいと同友会メンバーは意欲満々でした。滋賀と京都が始めれば、中同協の年中行事になるかも。
 企画をしていただきました県庁のS様、初日のアクシデントにもめげないで、本当に有り難うございました。搬送車を出していただいたT様、Y様、モロコ差し入れいただいてN様、有り難うございました。
 2011年は4月29日(金・祝)~30日(土)に開催予定。琵琶湖を気軽に自転車で走ってみたい中小企業家の皆様、社員の皆様は、是非。(M記)

現場を歩く~大津支部事務局会員訪問記②~

ファイル 466-1.jpgファイル 466-2.jpgファイル 466-3.jpgファイル 466-4.jpg

現場を歩く~大津支部事務局会員訪問記②~

つじくら司法書士事務所の辻倉 優里巳女史にお話しを伺いました。
もともとは弁護士事務所に勤めておられましたが、結果として争いになってしまう弁護士より、それを未然に防ぐことができる司法書士になろうと決心し、司法書士事務所で勉強をして平成19年(2007年)に独立されます。
司法書士の業務は他との差別化は難しいそうです。というのも、登記(書類作成)の完了という結果はすべて一緒だからです。
しかしその過程(プロセス)でいかに不安を取り除くのかが肝心となります。
「(個人のお客様は)登記に関しては、いろいろと不安に思われることもたくさんあります。その不安をいかに専門家として丁寧にかつ安心してお任せいただくことができるのか」と、「親身・即戦力・迅速に対応」を心がけています。
 その甲斐あって、個人のお客さんが新しいお客さんを紹介してもらい、さらに近所の人から「何かわからないところがあったら、まず辻倉さんへ」と、ご紹介頂くまでに。

 「人と接するのが楽しい」と、笑顔で応える辻倉女史。その笑顔が、相談にこられたお客さんの心をギュッと掴んで離しません。
また実家は割烹料理を営まれています。アットホームな雰囲気で、こちらもおすすめです。是非、近くに寄ったときはお立ち寄りください。

企業名:つじくら司法書士事務所
会員名:辻倉 優里巳 司法書士
事業内容:司法書士業(不動産登記、商業登記、書類作成業務等)
住 所:大津市唐崎3-3-16(実家兼事務所)
TEL:077-578-1169
いけす割烹つじくら http://www.geocities.jp/kappou_tsujikura/

(記:同友会事務局 竹林竜一)

現場を歩く~大津支部事務局会員訪問記~

ファイル 459-1.jpgファイル 459-2.jpgファイル 459-3.jpg

【10.04.01】現場を歩く~大津支部事務局会員訪問記~

㈱大津建材センターさんへ訪問してきました。
1959年(昭和34年)に設立され、今年で52年目を迎えます。当初は建築資材販売を中心としていましたが、その後リフォーム事業を展開し、2007年4月に建築(リフォーム)を中心とした新会社㈱ハウスデポ大津Doを設立されました。
 住宅版エコポイントがスタートしましたが、その内容は複雑になっています。住宅版エコポイント制度はその複雑さゆえ企業によっては「向かい風」になってしまいますが、それを「追い風」にするべく川端さんは協力業者と合同で勉強会を開催し、お客様の要望に応えるために取り組まれています。
 現在取り組まれている「地域還元サービス」はもともと中小企業家同友会の全国大会(中小企業問題全国研究集会)にて、同じテーブルについた方の意見を参考にされました。
ちょっとした暮らしの中の困りごとを無料(材料費および廃棄処分費等は実費)でお手伝いをするサービスが「地域還元サービス」です。取組を始めたばかりですが、評判は良く、栗東からもお声がかかるとか・・・。申し込みの先着順とのことでしたので、お早めにお申し込み下さい。また詳細はhttp://hdo2.co.jp/campaign/index.htmlをご覧ください。

また3月29日には、ホームページを一新されています。
合わせてご覧ください。http://hdo2.co.jp/

企業名:(株)大津建材センター
会員名:川端 徹 代表取締役
住 所:大津市大平1丁目3番20号
TEL:077-537-3591
http://hdo2.co.jp/

(記:同友会事務局 竹林竜一)

中小企業家同友会全国協議会第40回中小企業問題全国研究集会ご報告

ファイル 424-1.jpgファイル 424-2.jpgファイル 424-3.jpgファイル 424-4.jpg

中小企業家同友会全国協議会第40回中小企業問題全国研究集会ご報告「原点回帰 同友会理念の生命力で時代の変化を乗り越えよう」

中小企業家同友会全国協議会(以下・中同協)が主催する第40回中小企業問題全国研究集会が京都の国立京都国際会館にて、2月11日(木)午後1時から12日(金)午後12時まで開催され、全国から1800名を越える仲間が、滋賀同友会からは48名(事務局含む)が参加し、同友会づくりと、強靱な企業づくりと地域再生、経営課題について学び合いました。

 私は第10分科会「だれもが働く喜びを感じられる、共に育ちあう社風づくり~障害者雇用からの気づきを企業変革の力に~」に参加しました。
報告者には、内田 五郎氏((株)ゴローズ・プロダクツ代表取締役(中同協障害者問題委員長))、大槻 裕樹氏((株)大槻シール印刷 代表取締役(京都同友会副代表理事))、奥脇学氏((有)奥進システム 代表取締役(大阪同友会障害者部副部長))そしてコーディネーターに土井善子氏((有)思風都http://seafood-kyoto.com 代表取締役会長(京都同友会副代表理事))から、それぞれ20分ずつ報告を受け、その後パネルディスカッションという形で学びました。

「キーワードは成長」
●大槻 裕樹氏 ㈱大槻シール印刷 代表取締役 京都同友会副代表理事
1988年 1000万円 2億円 18名 シール印刷(印刷・粘着加工製品)
http://www.otsuki-seal.co.jp/

 大槻氏は、聴覚障害を持つミホさんを実習として受け入れた時に、最初は雑用をさせていましたが、ある時彼女が休み時間にきれいに色を塗って絵を描いていたことがきっかけで、トレースというデザインの仕事を彼女に任せてみました。それは彼女のねばり強い性格(根気)をいかしたいとの思いからでした。そして彼女はそれに応え、次々と仕事出来るようになっていきました。
 しかし社員として雇用してから、有ることが頻繁に起こりました。それは、社員がミホちゃんに仕事をお願いすると、「分かった」と答えますが、それをこなすことが出来なかったのです。そしてそのうちに「この子には能力がないから覚えられないのでは・・・。」と、思い始めます。そして私がミホちゃんによくよく話を聞いてみると、彼女は見よう見まねで、何となく分かって、何となく出来ている気になっていたことを知りました。誰でもそうですが、同じ事を2回も3回も繰り返し聞くと、だんだん教えている人もイライラしてきます。そして、その後、「聞く」ことが「怖い」ことになり、結果として「分かったふり」になります。学校という中では、出来なくても問題は有りませんでした。ですが、社会人(仕事)は出来なければなりません。出来るまで頑張らなければなりません。「何回も繰り返し聞いてね」と伝えてあげることと、「何のためにこの仕事をするのか」を伝えてもらいました。その結果、出来るようになってきました。
 ミホちゃんに「今の仕事はどうですか?」と、問いかけたところ、「仕事は辛いです」と、返ってきました。週に2~3回は彼女は泣いて家に帰ることがあります。でも彼女はそれでも毎日通い続けてくれています。それは、スポーツと一緒で、自分自身の成長につながっていると感じてくれているからだと思います。
「ミホちゃんは、単に今まで情報が無かっただけです。つまり、この子は耳が聞こえないのではなく、情報が少ないという障害でした。ミホちゃんに情報を伝えられると言うことは、他の社員にも情報が伝えられると言うことです。そしてミホちゃんが一歩前進することが、当社の前進につながる、互いに成長していけるように、努力していきたいです」
また、当日報告をしていただいたミホちゃんからは、「しっかり考えられる一人前の人間になって、好きな人と楽しく、そして暖かい家庭を作りたい」と、夢を語って頂きました。

「支え合って創るモノづくり」
●奥脇 学氏 ㈲奥進システム 代表取締役 大坂同友会障害者部副部長
2000年 300万円 3000万円 5名(1名) 業務管理インターネットソフト受託開発
http://www.okushin.co.jp/

奥脇氏は、システム開発をされており、インターネットを使っての在宅が出来る人を捜していた所、Fさんと出会います。Fさんは18歳までは健常者として生活していましたが、突然の事故によって、洋服も自分で脱げない、ベッドで眠ることも出来なくなります。その事故後、もともと通っていた学校に復学し、卒業を迎えます。その後、「働きたい、社会とつながっていたい」との思いから自分にできる仕事を見つけるために、障がい者の学校を訪れます。しかし、手も、指も動かない状態で事務仕事は出来ません。結果、頭を使った仕事(プログラム)に歩み、奥脇氏と出会います。プログラムで使用するパソコンのマウスはトラックボールを利用し、またキーボード入力には、鉛筆型消しゴムを利用して入力をします。現在では会社一のシステム開発者となっています。
 「障害によって、出来ない部分(電話掛けや打ち合わせのメモ取り等)は、他の人にお願いをして、自分の出来る部分は自分の仕事として取り組んでいます。今までは、働くことが目標でした。これからも働き続けて、その時の気持ちを忘れず、会社と一緒に大きくなっていきたい」と報告されました。
 奥脇氏はまとめで「最初は不安で一杯でした。ですが、彼はその期待に良く応えてくれました。私達は彼にあった支援をするだけで、重要な戦力となりました。お互いが歩み寄り(支え合って)、一つのモノを創り出しています。このことは、お客様との関係も同じ事です。相手の事を思うことが出来る=お客様を思う事につながります。」

「違いを認め合い、共に育つ」
●内田 五郎氏 ㈱ゴローズ・プロダクツ 代表取締役 中同協障害者問題委員長
1982年 1500万円 5億円 110名(60名) 洋菓子の製造・販売
http://www.goros.co.jp/

 内田氏は、歪んだケーキをショーウィンドウに出している事に気が付きびっくりしました。私はカッとなって、口を開こうとした時に、ある社員が「社長、お願いだから何も言わないでください」と言いました。私は「うーん」と唸ったまま、どういう事か考えて分かりました。それのケーキは障がいのあるYさんが作ったのです。品質管理(商品管理)に厳しい社員が「なんとしても売りますから、そのままにしてください」というのです。
 こんな事も有りました。私が工場に電話したときです。電話先で、「うー」とか「あー」という返事が返ってきました。あわてて、間違い電話をしたと思い、再度かけ直してみると、また「あー」「うー」でした。後で、問いただしてみたところ、障がいのある社員に電話番をさせていただのでした。電話とは窓口であり、お客様や取引先、業者からの電話がかかってきます。「障がい者を電話に出している」事は問題だと思っていました。そのことを伝えると、社員からは意外な返答が返ってきました。
「社長、あの子の両親はあの子より早く亡くなります。それは当たり前の事ですよね。その時あの子1人でも生きていける、少なくとも電話の取り方だけでも教えてあげたい」というのです。その時、私は助け合う(認め合い、支え合う)事が培われていった事を実感しました。
会社のモットーは「辞めさせない」事です。
障がいの有無にかかわらず、本人に仕事を会わせてあげると仕事が広がります。そのためには、①(時間を)待つ事②販売が良いのか、製造が良いのか(本人の適正)を見る事です。ある時、タマネギのみじん切りをしなければならない時がありました。私達は、そんな危ない事はさせられないと考えていましたが、たった2日で完璧に出来るようになりました。何より大切なのは、「障がい者を守るのではなく、どう育てるのか」が肝心です。
一人ひとりの特徴をいかし、「あなたが必要です」「あなたがいないと困ります」と伝えて、分かってもらう事で、「あてにし、あてにされる関係」が始まります。
以前、私は社員に向かって「馬鹿やろー」と怒鳴り散らしていたことがありました。そのとき内のある社員が「社長、お願いですから、馬鹿野郎はやめてください。うちに来る社員は、みんな学校時代にスポットライトを当ててもらえなかった子供たちがほとんどです。どうか、その子達の居場所を奪わないでください」と。
自社の社風「一人ひとりを大切にする」「違いを大切にする」長所を認め合い、社員の成長が自社の成長につながっていく関係は経営者の姿勢(生き様)次第だと感じました。

社会への奉仕として、障がい者を雇用するのではなく、1人の人間として向き合う事。それは障害が有無にかかわらず、共に育ち合う関係づくりが大切だと学ばせて頂きました。最後に「社長が優しく、自分の事を思って怒ってくれる事が嬉しくて涙が止まらない。」と、涙ながらに答えるミホちゃんの姿がいつまでも心に残り続けました。(記:事務局 竹林竜一)

第40回中小企業問題全国研究集会 第13分科会に参加しました。

第13分科会『京都ブランド力を生かす「第6次産業」への挑戦』

こと京都株式会社 山田敏之 氏のご報告の後、グループ討論に移り「自社の強み・弱みは何ですか」、「自社の強みを生かした経営戦略は何ですか」をテーマに話し合いました。


ファイル 440-1.jpg  ファイル 440-2.jpg

【報告内容】
 京都市内の農家に育ち、33歳(H7年)の時にサラリーマンから実家に戻り就農、売上げ1億円を目標に掲げられます。
当時はそれを口にするたびに周囲からは「無理」「無謀」等と言われたそうです。
 就農後2年目までは従来通りの農作をされていましたが、目標に近づく為に周年栽培できる九条ネギに絞り生産を始めます。
 京都中央市場では他の市場とは違い、高値・中値・底値と分けられます。どうせ出荷するならば高値で出したいと、2ヶ月程毎日市場に通い、高値で出荷される九条ネギの状態をチェックをした所、高値で出荷される九条ネギは殆ど関東(東京) 向けになっており、細長く作られているのに気付かれ、その様な生産物になるように栽培方法を変えて出荷。就農初年度と比べ4倍の売上げを上げられます。※現在は、本来のぶ厚く太い九条ネギを生産されています。

 農生産品は加工すると値が大きく変わるということで、H12年から高値で出荷できないランクのネギをカットネギとして販売を開始。
折好くラーメンブームが到来し、京都で価格競争をするのではなく、商圏を変え東京のラーメン屋へカットネギを持って直接売り込みに行くことで取引先を増やされ、目標であった売上げ1億を達成し、次の目標として3億とされます。
 自畑だけでは追いつかなくなり近隣や知人にも九条ネギの生産をお願いされるようになります。
その頃から父親と、農業の方向性やH12年より雇用を始めたことで毎日口論となり対立されます。
しかし、その対立があったからこそ会計や経理がしっかりと出来たとおっしゃられました。

 H15年より美山で養鶏を、H17年に菓子部を始められます。
多角化することで方向性が掴めなくなり、京都の実践道場へ参加されます。
経営理念を文章とすることで、従業員にもこれまで山田氏が発されていた言葉を改めて理解して貰えたということです。
 3億の目標も達成され、現在の目標は九条ネギのみの売上げ10億と美山での農業パーク(もくもくファームのような)を作られることだと報告をまとめられました。    (記:村田)
           

中小企業家同友会全国協議会第41回定時総会ご報告「熱き企業家精神で時代を切り拓こう」

 中小企業家同友会全国協議会(以下・中同協)設立40周年・第41回定時総会が7月9日(木)午後1時から10日(金)正午まで東京都文京区の椿山荘を会場に開催され、全国から1500名越える仲間が参加しました。
 滋賀同友会からは17名が11の分科会に分かれて参加し、全国の仲間と共に二日間、同友会運動の発展と経営課題の解決を目指して、学びあいました。
ファイル 302-1.jpg
 第1日目の全体会では、広浜泰久中同協幹事長((株)ヒロハマ代表取締役会長)から、リーマンショックの2ヶ月後に人を生かす経営全国交流会を滋賀で開催。今年1月には企業存続に向けた緊急アピールを発表し、会員を励まし、経営を守り、雇用の維持にも努めてきたこと。また、企業変革支援プログラムステップⅠの冊子を発表し、同友会の目指す企業づくりを明確にしました。中小企業憲章ヨーロッパ視察を実施し、報告集も発行。会内討議資料として憲章草案を本総会に向けて発表しました。中小企業をめぐる情勢は世界同時不況で深刻さを増しており、世界経済のダイナミズムが先進国から新興国へと多極化する中で、アメリカ一辺倒の輸出構造に頼らない流れが必要。中小企業の今後の戦略としては、輸出依存路線から国内市場重視へ転換すること。政府は市場万能主義ではなく中小企業本位の経済政策を実施すること。そのためにも憲章・条例が必要。私たちが新しい仕事づくりに挑戦し雇用を守り地域を再生する主人公となること。中同協設立40周年を迎える本年、同友会運動の理念と実践の積み重ねに確信を持ち、中小企業憲章の実現に向けて力強い歩みを踏み出そう。設立50周年に向けて新しい歴史を創る同友会運動進めましょうと、総会で審議される議案の骨子を提案しました。
ファイル 302-2.jpg 
この後、18の分科会に分かれて課題別に全国の運動から学びあいました。

 私は第5分科会に参加して「夢は大きく育てよう、会員増強の実践交流~役員と事務局の意思統一こそ組織前進のかなめ~」をテーマに、松村幸雄 岩手同友会代表理事(信幸プロテック(株)代表取締役)、鴫原育子 茨城同友会代表理事(インターソシオシステム(株)代表取締役)のお二人の報告を基に学びあいました。
 第5分科会に参加したのは、設立31年目を迎えている滋賀同友会が組織的には全国47同友会で6~7位に位置し、滋賀の法人企業数11,300社に対して5.3パーセントの組織率はあるものの、自立的で平和的な滋賀県経済への再生を担うためには地域法人の10%、1,200名の会員を実現し、かつ安定して維持し続けられる組織づくりの原点、すなわち同友会運動の主人公である会員とパートナーである事務局がそれぞれ独自の組織でありながら、共通の理念で一体化し、共に育ちあう中で強じんな企業と同友会を築きあげていくための戦略を学ぶためでした。

 松村氏は岩手同友会設立の5年目、1996年に入会され2003年から代表理事に就かれました。当時の会員数は160名を前後して推移し「代表理事になって200名運動をし、越えたかと思ったらすぐに後退する」という状況。事務局も安定せず、給料もまともに払えない状況だったそうです。
 そのような岩手同友会に菊田哲事務局長が2004年度から入局します。松村氏と菊田事務局長は「過去は変えられないが、未来には風呂敷を広げられる」との思いを込めて、会勢が157名の時に2015年、1,350名ビジョンを作成します。
 そして、事務局長は四国4県と同じ広さの岩手県で、峠を越え、冬にはアイスバーンの山越えをしながら支部づくりに着手します。そのような事務局長の姿に賛同し、役員が一人またひとりと熱意を持って同友会運動に立ち上がるようになりました。
 共同求人活動も「代表、やってみませんか」という呼びかけに「うん」と答えたとたん、参加呼びかけが始まり会社案内が作成され学校訪問まで取り組むことになります。
 2008年には青年経営者全国交流会を開催担当し、2013年には1,000名の会勢で全国総会を開催する計画まで立っています。
 このように「風呂敷を広げて実現してきた」のが岩手同友会の基本戦略でした。風呂敷=夢・願望を掲げて、それに沿って活動することで役員が育っています。
 2008年の世界同時不況では会員の状況を緊急アンケートで調査し、地域雇用を守ろうという声明も発表します。事務局員も今年新卒を2名採用して5名体制になり、第1期同友会大学も「できればよいね」と話し合っていたところ、既に日程も講師も決まって案内が出てしまったとのこと。
 2015年には地域法人10パーセント、1350名も決して夢ではない、それは、経営指針を創る会を卒業した若手経営者が同友会運動の伝道師となって「元気な地域を創ろう」と走り回っているからです。地域の疲弊に対する危機感と同友会運動への確信が、若い経営者を突き動かしているのです。
 そのような同友会の姿を見て、学校や行政からも期待が寄せられているし、その期待に応えるために、新たな課題にも挑戦しているとも。
 「500名の壁を越え、600名を突破すれば、“私も仲間に入れてください”という人々が誕生し、700名から800名になると一気に飛躍があるはずだ」と自信を持って報告されました。
 次々と新しい運動課題を提起する事務局長、その提起を真っ直ぐに受け止めて実践し、地域と暮らしを担う強じんな企業づくりを熱い思いで実践する役員の姿が目に浮かんでくるお話でした。
 菊田事務局長の「疲弊する地域を私たちの手でどうするのか。高校を卒業しても働く場所が無くて、半分の若者が県外に出て行きます。そういう地域の未来に同友会がどの様にして責任を持つのか。岩手の未来に責任を持つ。そこに私は人生をかけています。私たちが一息ついたら岩手の未来が無くなるという信念を持って同友会運動をしています本気になって生きようと語り合っています」という発言に、心洗われ思わず目頭が熱くなりました。
ファイル 302-3.jpg
 茨城同友会の鴫原さんは2007年4月に代表理事に就きました。それまでは、2001年の北海道での全国総会で経営指針成文化運動を知り、経営指針委員長を4年、続いて水戸支部長を4年務めたあと「やるだけやったからもう同友会はやめても良いかなぁ」という思いになっていたそうです。そんなタイミングで代表理事を頼まれ、引き受ける際の約束は「経営指針成文化セミナーに出た人か出ようと言う人を理事にする」ということ。経営指針を中心にした活動を宣言し、理事都市部感じの数も増やし、若い役員、特に女性役員を誕生させます。「社長が変われば会社が変わる」と、今まで茨城同友会以外に出ていなかった人を中同協の行事に連れ出します。山口で行われた青年経営者全国交流会には報告者で参加し、茨城から応援団で参加もしてもらいます。このようにして閉鎖的(ご自身も艘だったのですが)な状況を突破し会員増強もすすみます。
 総会議案書も支部長と委員長が作成。「書いた以上は実践する」と言うことで、活動も活発化します。1995年に112名の会勢で、以降13年間100名台の同友会も、現在280名になりました。組織の拡大と活性化には、2005年に空白だった事務局長が就任したことが、大きな力になったといいます。
 商工会連合会からの呼びかけで地域力拠点事業を連携して取り組んでいます。「同友会会員が多い地域は良くなるはず。早く350名の会員にして、事務局も増員させ、さらに発展させたい」と思いを強く語っていただきました。
 経営指針の成文化運動から同友会運動の魅力を実感され、支部活動で地域に目を向け、代表理事になることで全国からどん欲に学び、企業家としての目線もより高く大きくされていく、実践報告でした。
 茨城同友会の緒方茂樹事務局長は「例会に出てニコニコして帰っていただけるようにすることが私の喜びです。笑顔が素晴らしい会員の皆さんに支えられて、仕事をしています。笑顔がいっぱい生まれる同友会にして行きたい。そういう地域を創ってゆきたい」と心から同友会と会員、そして地域を愛しておられる姿にふれて、暖かい気持ちになりました。
 
 グループ討論では「同友会が計画的に会員増強を続けることの意義」「役員と事務局の高い次元での意思統一はどの様にして実現できるか」をテーマに話し合いました。
 最後に座長の国吉中同協専務幹事は「同友会運動と企業経営は不離一体。経営者としての人生そのものを同友会運動にも貫く共鳴者を創り出すことが役員と事務局の役割。本音で照れることなくお互いの生き様を話し合う関係が大切です」とまとめられました。

 全国には大凡200名の事務局員が同友会運動に身を投じています。そして、日々会員企業の発展と地域の暮らしを確かにするために、力を尽くしています。みんなみんな頑張っている。そのがんばりを受け止め評価し励ます役員の存在、また厳しい経営環境だからこそ自社のことだけではなく多くの中小企業の経営努力を励ましより深く学び合う場を提供しつつ同友会理念の体現者となって経営実践しておられる役員の皆さんの存在に、同友会運動の科学性・社会性・人間性を言葉や理屈ではなく実感しました。
 何よりも、会員増強とは同友会運動の総合力の現れてあり、会勢を拡大することこそが企業の発展と地域経済を再生させる唯一の道であることを革新した分科会でした。

ファイル 302-4.jpg
 総会二日目は「中小企業立国の展望と同友会運動の未来~大転換期の今、経営者に求められる課題~」をテーマに山口義行氏(立教大学経済学部教授)による講演と、山口氏と小出宗昭氏(富士市産業支援センターf-Bizセンター長http://fbiz.i-ra.jp/
http://koide.hamazo.tv/)とのセッションが行われました。
 
 山口氏は①革新力②価値創造をキーワードに値引き合戦に巻き込まれない経営を提起し、中小企業の持ち味を「つなぐ」ためにはプロの力も生かした活動か必要だと強調。我が社の強みや持ち味は何かを「問う」ことが必要だと、小出氏のつなぎによるヒット商品づくりなども紹介しながら解りやすくはなしました。
 最後に、総会宣言を採択。全国各地の同友会へ学びの成果を持ち帰って運動の前進を誓い合い、第41回定時総会を閉幕しました。(M・H記)

(株)ピアライフさんのオープニングセレモニーへ行ってきました!

 ㈱ピアライフさん(代表取締役 永井茂一さん 同友会大津支部長)の新社屋オープニングセレモニーへご招待されて行ってきました。http://www.pialife.co.jp/
 午前10時30分から記念式典がありました。
ファイル 268-1.jpg
 式典で永井社長は「20年前に不動産業を始めました。不動産業はテレビドラマでは騙すか殺すか殺される役ばかりです。創業まもないころお客様から電話で「相談に行きたいが会社はどこですか」と問い合わせがありました。場所を説明しましたが、いつまで待ってもお客様が来てくれません。当時はマンションに2階の一室を間借りして事務所にしていました。おそらくお客様は入口の前まで来て悩んで帰ったのだと思います。お客さまにとって家を探すことや購入することは人生にそう何度もない重要な出来事です。そういう大切なお仕事をさせていただく私たちの会社を、もっと良くしたい、安心してお客様が来ていただける店にしたい、従業員も誇りを持ってお客様の期待に応えられるようにしたい。その思いをやっと20年して皆様のお力で形にできて、スタートラインについたと思います」と新店舗にかける思いを熱くご披露いただきました。

ファイル 268-2.jpg
 この後、来賓スピーチの後に、滋賀同友会の蔭山孝夫代表理事も加わってテープカットが行われました。
 店舗のお披露目では、カーディーラーを思わせる商談スペースと、喫茶店さながらのカウンターと厨房。いつでも気軽にお茶を飲みに入ることができる雰囲気です。50人ほどの会議にぴったりのコミュニティホール(無料で地域に貸し出すそうです)、住まいの設備展示場など、不動産業の概念を超えるお店に皆さん驚きを隠せませんでした。
ファイル 268-3.jpg
 披露パーティーでは蔭山同友会代表理事が「理念経営で地域に根差し、立派に企業を成長させていることに喜びを感じています」と乾杯の挨拶と発声を。会員の明治亭さんのお料理がふんだんに用意され、ノンアルコールのシャンパン、ワイン、ビールで盛り上がりました。
 高い志を持ち、お客様の喜びを実現するためにコツコツと20年間努力してきた永井社長。これからも幸せの見える地域づくりを社員の幸福と社業の発展を統一させて実践されますこと、心から期待しています。(M・H)

もっと滋賀が好きになる:自転車で「びわこ一周(びわ一)ご報告

 5月2日(土)~3日(日)の二日間、蔭山孝夫滋賀同友会代表理事、岩部英世滋賀同友会相談役、高橋信二滋賀同友会理事、鹿島奈弥滋賀同友会事務局員、わたくし廣瀬元行滋賀同友会専務は、國松善継前滋賀県知事と県庁の職員さん有志と共に、総勢16名で自転車による琵琶湖一週(びわ一)を行いました。
ファイル 256-1.jpg
 2日(土)午前8時半に琵琶湖大橋西詰めの琵琶湖米プラザに集合。湖西周りでスタートし、初日は尾上の民宿舟倉で宿泊しました。
ファイル 256-2.jpg
 翌3日(日)は朝8時に出発し、近江八幡国民休暇村で休憩と昼食。國松様の奥様お手製の鯖寿司といなり寿司を、たらふくいただきました。有り難うございます(^^)。
ファイル 256-3.jpg
 このあと長命寺まで走り、随時解散しました。ゴールデンウィークに突入した最初の土日とあって、琵琶湖の周りは自転車族で一杯でした。また、地域のお祭りなども所々で出会わせていただき、車では見たり聞いたりできない風景に出会いました。
 滋賀同友会事務局にインターンシップできている立命館大学の中西結さんが初めてのびわ一体験でレポートを出してくれました。ご一読いただき、皆様も、ぜひ「びわ一」にチャレンジしてください。きっと滋賀県が好きに(もっと好きに)なるはずです(M・H)

琵琶湖一周を体験して
立命館大学経済学部 中西結

 「大切なのは体力ではなく、根性」この言葉を聞いて、明日はもっと頑張れる、そう思った。おしりの激痛も、ふとももの筋肉痛も、日焼けのあとも、全部私にとっては自転車で琵琶湖一周出来た証であり、勲章であり、思い出なのだ。私はこの経験で得た達成感、あきらめない心、感謝の気持ちを忘れないだろう。二日間で私の心のベクトルがすべて前を向いた。自転車に乗ることがこんなにすばらしいことだとは思わなかった。そのことに気付かされた二日間だった。
 一日目、私はようやく琵琶湖一周の夢がかなうという期待と、皆について行けるのかという不安でいっぱいだった。自転車で走り始めてしばらくすると、真正面に山があり、麓では田植えが行われ、それを写真に収めているカメラマンの風景があった。琵琶湖の風景はもちろんのこと、この山の風景も一番印象に残っている風景の一つである。しかし、のんびり風景を見ながら走れたのは最初だけで、だんだんペースについて行けなくなり、とにかく自転車を漕いで前に進むことで精一杯になった。足を動かすことで精一杯で、ふとももはパンパンで、立ち漕ぎしようにも腰が上がらないのだ。最初こそ自転車のせいにしていたが、私よりも何十歳も年上の人がどんどん先に進んでいく姿を見て、根本的に体力が足りていないのだと反省した。とにかく前に進むこと、なんとしても宿にたどり着くことだけを考えていた。
ファイル 256-4.jpg
 くやしかったのは、一日目最難関の坂道で少し歩いてしまったことだ。それでも、途中でリタイアすることなく宿まで走れたときの達成感は今まで経験したことのないものだった。夜、日焼けがヒリヒリして、全身が痛くて寝返りが打てず、なかなか寝付けなかったけれど、根性で明日も頑張ろうと思った。不安なことは一つもなかった。
 二日目、「これが最後の坂だよ」という言葉を四回ほど聞いたことは覚えている。一日目よりは坂道も少なかったが、少しの坂もひどい筋肉痛の私には難所だった。それでも、最後まで歩かずに坂を登りきることができた。そのあとのお昼ご飯がとてもおいしく、今までで一番食べたように思う。特にさば寿司は今まで食べた中で一番おいしかった。長命寺で解散になったにもかかわらず、私のペースに合わせてくれたお二方、また、途中で待ってくれていた皆さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。
ファイル 256-5.jpg
 私は、今回普通の自転車で参加してよかったと思っている。皆と同じいい自転車で、何の苦労もなく後ろをついて行ってゴールしていたら、「お疲れさま」という言葉だけで終わっていただろう。ペースについて行くことが出来ず、皆の足を引っ張ってしまったし、迷惑もたくさんかけたけれど、「お疲れさま、よく頑張ったね」という言葉をかけてもらえたことが何より嬉しかった。
 家に着いたのは一番遅かったかもしれないけれど、琵琶湖一周した思い出は誰よりも長く心に残っているだろう。次回参加するときは、あと少しで上りきれなかったあの坂を上れるように、皆の後ろをついて行けるように、頑張りたいと思う。

第39回中小企業問題全国研究集会に行ってきました!

ファイル 219-1.jpg
 第39回中小企業問題全国研究集会が2月12日(木)午後1時から13日(金)午前11時30分まで「火の国でたぎる想いに華(はな)咲かせ 光れ!輝け!中小企業」をメインテーマに熊本全日空ホテルニュースカイをメイン会場に開催され、全国各地から1175名が参加しました。滋賀同友会からは9名(蔭山孝夫滋賀建機(株)会長、岩部英世法面プロテクト(株)取締役、金森弘和(株)冨久や社長、永井茂一(株)ピアライフ社長、坂田徳一(株)坂田工務店社長、宮川卓也宮川バネ工業(株)社長、前出博幸前出産業(株)社長、川畑悟郎洛東化成工業(株)社長、廣瀬元行滋賀同友会専務)が参加し、全国の仲間と分科会で学び合い、懇親会では交流を深めました。

 私が参加した第1分科会では、「同友会企業のめざす先進性~日本と地域を変える中小企業づくりの方向~」をテーマに、慶應義塾大学経済学部の植田博史教授が問題提起しました。
ファイル 219-2.jpg
 植田教授は同友会運動52年の歴史を振り返り、1960年代に中小企業は経済の後進性を示す問題ある存在とされてきた中で、同友会では中小企業は日本経済を支える重要な役割を独自に果たしていることを示し経営者の中に確信を広げてきたこと。学び合い活動を通じて社会性・科学性・人間性の視点で企業経営を検証し、中小企業が直面する問題と課題をいち早く認識し、「中小企業だから出来ること」「中小企業でなければ出来ないこと」を示し、真摯な学び合いに取り組んできたと強調しました。
 そして、同友会に蓄積された考え方として、次の二つをあげました。
①「中小企業における労使関係の見解」(全文→https://www.doyu.jp/material/doc/roushi1.html
②「21世紀型中小企業(第25回中同協総会宣言)」(全文→https://www.doyu.jp/material/doc/soukai25.html
また、植田教授は大阪同友会の2001年ビジョンづくり「自立的で質の高い企業づくり」に関わりました。
そこでは「環境に左右されない経営基盤」づくりと、「自立的な企業」の5つの条件①価格、技術、サービス、製品に主導権②主導権を握るための独自性、先進性③企業戦略とそのバージョンアップ④需要先のニーズを汲み取り積極提案⑤自立的な企業づくりへの意識的な取り組みを紹介しました。
 しかし、グローバル化が進む中で、地域経済循環の重要性が増し、地域における中小企業の社会的役割が益々重要となりました。「自立的で質の高い企業」というだけでは、社会の要請に応えきれなくなったということでしょう。
 そこで、大阪同友会では2008年ビジョンで「ほんまもんの企業」づくりと「自立的で質の高い企業づくり」を発展させ、創造的企業、地域と共に発展する企業を提起しました。
 今日、グローバル恐慌といわれる情勢で、「良い企業」であっても「良い企業」であるがゆえに厳しい経営(例えば、成長分野に傾斜し設備投資した優良企業も経営危機。自立型企業めざし新分野進出して設備投資するも受注減で倒産するなど)を余儀なくされている現実を示しながら、輸出と企業の設備投資が支えた実感なき「景気回復」の問題点を指摘。経営環境の変化に影響されない強靱な経営体質を地域で学び、地域と共に育つ中で生み出すこと。さらに、地域経済・地域産業も経営環境の変化を受けない体質に変えること。地域内循環、多様な地域資源を活用した創業、起業による活性化。地域資源と中小企業を軸にした地域経済を創造することの重要性を、北海道帯広市では帯広で生産された農産物を加工し商品として提供する事業が充分に成立していることをパン・納豆・鯛焼きの会社(同友会会員)を具体的に紹介しながら、提言しました。
 
 さらに、中小企業振興基本条例の制定を①中小企業の社会的役割を認知広める②中小企業を支える仕組みを地域でつくる③中小企業家が地域の担い手であるという自覚を持ち役割を果たすという3つの点で重要であることを強調し、問題提起を終了。このあと「新しい時代を切りひらく同友会の先進性」をテーマに喧々囂々とグループ討論を行いました。
ファイル 219-3.jpg
 滋賀同友会では「労使見解の精神」に依る「人間尊重の経営」の深い意味である「自主・民主・連帯」の精神で自社と自分の生き様を総点検するために、例会や経営指針を創る会等で学び合い活動に取り組んできました。これは他団体にない学び合い活動の先進性であると思います。
 
 いま、グローバル恐慌という情勢で、あらためて企業経営の方向性と人間や地域に対する見方が問われています。
 「メイド イン ジャパン」から「メイド バイ ジャパン」へとものづくりの戦略を変え、日本と地域を捨てて多国籍化し、世界を市場として儲け第一主義に走る巨大企業。株価と株主配当を増やすことに汲々とし、本来新たな社会貢献のために真面目なものづくりや開発、人材育成に廻すべき利益を投機に廻してきたつけが、津波のように地域経済に押し寄せてきています。
 
 グローバル化は避けられないとしても、グローバル化とは違う生き方・経済価値を確立し、地域の暮らしをその荒波から切り離し新しい流れを生み出すことが私たち滋賀同友会に集い学び合う中小企業家のミッションではないでしょうか。
 そのために、地域を離れられない大企業、消費者、環境や福祉、大学や研究機関、行政など志を同じくする地域のあらゆる人たちと手をつないで考えていく時ではないでしょうか。会員の皆様それぞれの地域で具体的な取り組みを、仕事づくりと統一して興して参りましょう。
 そういう運動の軸となるために、あらためて「自主・民主・連帯」の精神、人類が追求し続けてきた命題である「生きる・暮らしを守る・人間らしく生きる」で社会のありよう、政治や経済のありようを見直し、同友会運動と自社経営の指針とする時であることに気づいた分科会でした。

 分科会が終了し、午後7時からは1145名の大懇親会で交流。滋賀メンバーは学びの復習を兼ねて、蔭山代表を先頭に二次会へも臨み、地域経済の発展にも貢献??してきました。
 翌日は全体会の後、熊本城と水前寺公園ツアーに参加。熊本城では復元された本丸御殿で本丸御膳(熊本藩士のレシピを再現)をいただき、食と文化に触れる一時を過ごしました。
ファイル 219-4.jpg
ファイル 219-5.jpg
 開催を担当していただいた熊本同友会の皆様、本当に丁寧な設営とおもてなしを、ありがとうございました。(M・H)

ページ移動