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大津支部第29回総会 地域から期待される企業と同友会めざして

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 大津支部第29回総会が4月24日(木)午後5時から琵琶湖ホテルで行われ62名が参加しました。
 第1部の総会議事では永井支部長から提案のあった2007年度の経過報告と「強じんな企業づくりで地域の安定と発展に貢献する!~地域からあてにされ期待される企業(人と組織)をつくろう~」をスローガンにした2008年度の活動方針を審議決定。また、大津支部と高島ブロック、さらに新年度からスタートする5つの研究グループを担う正副グループ長など36人の役員を選出しましました。
 第2部の総会セレモニーでは、永井支部長が「私たちの暮らす地域が生活の場として安定していくために、自社の商品やサービス、そこに携わる仲間と組織で、地域や顧客の役に立っていく必要があります。また、より社会の発展に寄与するためにも、新しい仕事をつくり出し、雇用を生み、人を育て、“あてにされる企業”になっていかなければなりません。また、地域に根ざした中小企業は、障害者や高齢者の雇用や子育て支援、教育、文化などの地域活動をはじめ、地球環境の保全に至るまで多くのことを期待されています。その期待に継続的に応えていくためにも、自立型企業になっていく必要があります。本年度の大津支部の運動方針は、会員企業が、更に地域からあてにされ期待される企業(人と組織)=良い会社をめざし、地域の安定と発展ための役割を担える強じんな企業づくりに取り組むことにあります」と挨拶。
 続いてご来賓で大津市長代理の大津市産業観光部管理監 本間久夫様と高島市長代理の高島市産業循環政策部部長 早川庄吉様よりご挨拶を頂きました。総会記念例会のご来賓には、お二方に加え、堅田商工会事務局長 今井博之様 志賀商工会会長 田中和男様、瀬田商工会事務局長 西邑孝様にご臨席を頂きました。
 記念講演会には、岩手同友会代表理事で(株)あさ開(びらき)代表取締役の村井良隆氏をお迎えし「激変の業界を逆手に新市場創造~岩手の食を通じて、地域の未来に貢献する企業づくり~」をテーマにご講演を頂戴し、懇親会ではあさ開のお酒を楽しみながら懇談に花が咲きました。

(村井氏講演要旨)
 今年の9月11日~12日に岩手で行う青年経営者全国交流会の実行委員長をしています。岩手にはきれいな空気と大きな自然、美味しい食べ物が海の幸、山の幸たくさんあります。皆さまのお越しを歓迎いたします。

=会員増強は良い地域づくりと企業づくりのために=
 380年前まで私の先祖は滋賀に住んでいました。高島がルーツだと聞いています。近江商人は日本中で活躍していて、岩手県にも沢山います。私は岩手県滋賀県人会の一員でもあります。
同友会へは18年間入会していますが、16年はスリーピングでした。参加し出してすぐ代表理事になりました。私は会員増強反対論者でしたので、会員数は120名から70名まで減少しました。
 それまでは「勉強したい者が自主的に集まるのが同友会。無理をして増やすよりこぢんまりと学んでゆけばよい」という考えでした。そんな時、北海道同友会が行政と中小企業振興基本条例の設置を話し合っていることを知りました。また、同友会の勉強はお互いが見本で、事例を報告させていただいている。説教しているのではなくてお互いが学び合う関係であり、会員の数は辞書の1ページだから増やした方がよいということが解ってきました。
 また同友会は中小企業が地域に必要な存在であることを広める運動であり、運動には数が必要であること。一昨日、北海道の帯広支部総会へ伺いましたが、帯広は地域企業の16パーセントが同友会の会員だと聞きました。総会には十勝区長さんや市長さんが来て、同友会さんのおかげで地域が元気になっていると話されています。自分たちの地域にもこんなに素晴らしい企業があるということをもっと知らしめないといけないし、そのために数は必要です。そのことが解ってから会員増強に取り組み、いま400名です。青全交までに600名にしたいと思っています。

=伝統を守るには革新が必要=
 酒業界は激変が通り過ぎて、吹き飛ばされて荒野になった状況を、これから再建する業界です。激変の状況で気がついたことは、伝統と革新と言うことです。先祖が380年前に滋賀から岩手の盛岡に来て、貿易商をしていましたが、南部藩の借金を方に殿様から名字帯刀をいただき、幕末には藩士でした。明治4年に刀を返し、酒屋を始めました。4月22日が創業記念日で137年を迎えました。
 過去を振り返って気づくことは、伝統を守るには革新をしなければいけないということです。
 伝統産業が昔と同じことを同じように続けているのは継承でしかありません。それでは衰退しいつかはなくなってしまいます。
呉服業の会員さんが経営指針を創る会に来て「大変だ」という。でも「大変だ」と言っているその人が背広を着ているのです。私は酒屋ですから「毎日酒飲んでいるよ」と言うと、彼も着物を着てくるようになりました。そこで仲間を募って「ちょい悪親父スクール」を始めました。まず着付け講座です。まず着物のセットを買って着こなしを勉強する。2回目は都々逸の講座、その後に蕎麦うちや男の料理講座、卒業式は、料亭で自分の作った都々逸の発表です。こんな風に、本質を変えないでスタイルを伝えることが伝統を残す方法です。コミュニケーションの方法を変えることが革新です。お客様にとって必要な情報でないと、伝統といっても廃れていくというのが私の気づいたことです。

=社会の変化に対応してこなかった業界=
 日本酒の消費ピークは昭和48年で、981万石です。それから30年たって376万石、63パーセント減です。30年で6割一寸減った中味は、10年間で1割減って、平成7年を境に10年で半減です。私は平成7年に社長になったので、その年から毎年8パーセント消費が減り続けました。社長になって広告宣伝費もかけ拡大路線をとり、2年間は伸びましたが、その後は下降。一気に赤字になり、全責任が私に来る。銀行が飛んでくる。株主総会では会長の親父がガンガン私を攻める。誰も助けてくれない。日に日に気持ちが鬱になり、何をしていいか解らない。なぜこんなに売上が減っているかを調べると、フランスのワイン、イギリスのスコッチウィスキー、ドイツのビール、中国の紹興酒やパイ酎など、伝統的な酒は世界中で消費を減らしていました。日本でも国酒と言われる日本酒がアルコールのシェアで昨年7.6パーセントです。何で減っているかというと、まずアルコールそのものを飲まなくなった。グローバル化で、日本中どこでも世界の酒が買えます。消費者の高齢化と少子化。団塊の世代が健康に気を遣うようになった。景気の後退で企業の接待も減りました。流通構造が変わり、今では酒屋さんが亡くなりました。10年前は酒販店で80パーセント売れていました。昨年は当社で7パーセントです。酒屋さんを通してお客さんへ言っている比率がそこまで減っています。酒の販売免許が許可制になった流れの中でそうなりました。ひいきにしていただいている酒屋さんには10月末、12月末、3月末くらいに3万本買っていただいたら50円安く入れますと。そういう酒屋のお客さんが「後継者もいないしコンビにする」と言いますと、3万本買ってくれていた在庫が350ミリリットル6本になり、しかも1週間で3本売れなければ棚から無くなる。お店が売りたいものを売るのではなくて、お客様が欲しいものを手に取るというように、流通構造が変化しました。今までのお得意先の殆どが、コンビニになってしまいました。
 一番大きかったのは、食生活が変わったこと、主食が米食から麦食になったことです。マクドナルドで昼飯を80円で済ますことを、おかしいと思っていないことを、私は異常だと思っています。

=我が社の存続こそ地域貢献=
 地域間格差の原因は携帯電話不況だと思います。10年前には携帯が無かったので、無くても本当は困らないはずですが子、今では子供まで持っています。携帯電話の通信料金は、人口138万人の岩手で250億円です。このお金は岩手に何も生み出さないで、毎年毎年減っていく。それだけ、地域の通貨が減っていく。でも携帯電話をボイコットできません。嫌なことですが、社会の変化こそが健全かつ当然だと経営者は思うしかありません。だから、伝統を守るためには、こちらが変わらないといけない。
私は岩手の米をお酒に買えて、大都会で高く売って持って返り、岩手県に還元しようと考えました。経営品質賞の審査で「地域貢献は?」と問われた時も「我が社がここにあることが地域貢献である」と言いきりました。ボランティアではなくて、会社があって地域の雇用をつくり、地域の生産物に付加価値を付けて都会に持っていって、少しでも地域にお金を持って帰ってくることが貢献であると。あとで審査結果を見ましたら、地域貢献の項目はトリプルAで評価されていました。地域ではそういう企業を育てないといけません。大企業を呼んできても、チャンスがあれば国外に出ていってします。残るのは空き地か廃墟です。岩手では農林水産業と加工する産業が必要です。地域ブランドをつくって、しっかり育てて高く売ることが大事です。

=選択と集中とは=
 社会の変化を当然と見て、自分の会社が、商品が、社員が、社長が変わっていないとしたら、その方がおかしいと考える。経営者の責任は、守ることではなくて壊すこと。今までの仕組み、商品、流通との関係を壊す。壊すのは経営者にしかできません。
商売は選択と集中の時代に入ったと言われます。すべての人に飲んでいただくにはマーケットの拡大が必要ですが、コストがかかりリスクが大きい。選択と集中でやることは断念なのです。本当は100人に売りたいが、清酒が3リットル1000円の時代に四号で1500円~2000円では売れません。でも100人の内3~5人は買ってくれる人がいます。100人に「かって下さい、人数分持ってきました」と言っても売れないなら在庫です。ところが「限定5本しかありません」といえば売れてしまいます。これは戦略です。本音はたくさん売りたいが、売上を断念して効率化を図る。これが選択と集中です。

=地域に必要な会社であり続けること=
 経営品質の勉強会で「あなたのお客さんは誰ですか?」と聞かれて答えられませんでした。「岩手県内で酒を飲む人・・・」と答えると「それでは何をすればよいかわからないよね」と言われました。そして「あなたの商品はその人たちに必要なのですか?」「替わりの商品が出てきた時に必要ですか?」「岩手県の盛岡にとって、あなたの会社は必要なのですか?」と次々質問されました。市場が伸びない国で生き残って行くには、必要であり続けることを考えなければならないことに気がつきました。それまでは社員に「何で売れないのか、頭下げて売ってこいとよ」と怒鳴っていた自分に情けなくなりました。

=理念が出来れば売り方が変わる=
 「あさ開は盛岡にとって、お客さんにとって必要か・・・」。さっそく、会社に帰って「我が社のお客様は誰ですか」をテーマに約20時間グループ討論をしましたが、結論がでない。それほどお客様増が明確ではなかったのです。ルート営業の社員のお客さんは問屋さん、小売店をまわっている社員は酒屋の社長さんだったりする。酒屋さんがお客さんだと、顧客満足とは接待ゴルフに誘うことになる。これ変ですよね。それに気づかなかったのです。ところが、瓶詰めラインのパートさんが「私は毎日5~6千本、飲んでいただく方の食卓でスパッと綺麗に蓋が開いてくれることを願って機械を調整しています」と言ってくれました。この発言に目から鱗です。「そうか、私達のお客さんはあけた時にそこにいる人なのだ」とみんなが解りました。そこで、お客様がお酒を飲んでいただいている場面を想像して出来たのが“あさ開は、すべてのお客様の食の場における「喜び」「楽しみ」「くつろぎ」に貢献いたします”という経営理念です。今までの理念に2000年からこの理念が加わりました。この瞬間にあさ開は日本酒という液体を売る会社から、食の場を楽しくする会社に変わりました。お酒の売り方も「かって下さい」ではなくて、「この食を楽しむためには、この酒がピッタリですよ」と提案する売り方に変わりました。

=コミュニケーションの方法=
 いま私達は、ICE(アイス)活動を行っています。Iはインフォメーションで、あさ開のことをいろんなところで話す。Cはコミュニケーションで、興味を持っていただく。Eはエデュケーションで。お客様と共に育ちあうこと。ここに3万人まで持っていく。社員が安定して暮らせる売上が15億ですので、3万人のお客様に年5万円お買いあげ頂く。まずインフォメーションに30万人、コミュニケーションには10万人、そしてエデュケーションレベルを3万人にするのが目標です。
 また、お客様に会う接点を沢山つくるために「飲んだ空瓶取りに行こう」というサービスを始めました。それまで売り込みに行って嫌がられていた営業マンが、空瓶取りに行くと「ご苦労さん」と喜んでもらえます。それだけで志気が上がります。さらに、お客様の思考の変化もつかめるようになり、次の展開に役立っています。

=社員誰一人かけても会社は成立しない=
 かつて成果主義を取り入れて、2~3年で会社はバラバラ・ギスギスになりました。リスクを抱えたくないので目標を低くする。そこで、全体の成果をみんなで配分する大家族主義の全体成果主義と呼んでいます。一人ひとりの必要スキルによって給料が決まり、全体の達成率によってみんなの配分が決まる仕組みです。
 社員一人ひとりみんな違う。障がいのある社員もいます。大学卒も中卒もいます。でも誰一人かけても会社は成り立ちません。みんな役割があり、お互い様なのです。
新入社員を採る基準も、昔はテストをした成績順でしたが、今は 1月にどこにも就職できなかった子を取ります。成績で採ると「しょうがないから第4志望のあさ開きに来た」です。でも採用されない子を面談して話し込んで採ると「是非ここで採用してください」と言ってくれます。そういう気持ちになれば伸びてくれます。
 同友会の良い会社とはまず潰れない会社だと思っています。そして、次の代に良い状態で繋いでいくのが私の役割です。
(M・H記 講演メディアはアーカイブスよりお求め下さい)

同友会の主人公へ~大津支部新会員歓迎会で学びと交流深まる

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 大津支部新会員歓迎会が4月3日(木)午後6時半から9時までオーパルで行われ30名が参加しました。
 はじめに同友会紹介が上映されたあと、永井支部長から「同友会での学び合いは、良い地域づくりの主体者となるために、我が事業を強じんな体質に仕上げていくことにあります。まず、今日の学びと出合いを大切にし、同友会運動の主人公になって下さい」と開会挨拶。
 つづいて「同友会方式で会社を変え、伸ばす」をテーマに本間義典氏(本間工業(株)社長・滋賀同友会相談役)が問題提起。
 共同求人で人材確保を目的に、56歳で入会。中小企業と自営業が全企業数の99%を超え、地域雇用の8割以上を担い、地域社会の担い手であり社会貢献していることを知りました。グローバル社会で市場競争原理が進行するもとで、地域の暮らしを守るには、中小自営業が手をつないで地産地消型の経済を強めていくしかありません。同友会は良い格好をせず、お互いが先生であり生徒、会歴の長短も関係なく対等です。そこで学ぶ姿勢は謙虚さです。人間は人間と関わって学ばなければ人間になりそびれる生き物です。まず経営者の姿勢を学び、責任を全うする。大事なことは経営指針を成文化することです。はやく「経営指針を創る会」に参加してください。経営者は経営の主体者になる。指導者になること。指導とは道を一寸指すことであり、事細かに指示することではありません。現場で働くのは社員です。成文化した経営理念・方針・計画をもとにした社員教育が欠かせません。現場の業務に社員の自主性や創造性が発揮されるようにする。その大前提が労使の信頼関係であり、社員を経営のパートナーにするために、共に学び合い高まりあうことです。労使が共に潜在能力を引っ張り出すために切磋琢磨することです。そうなれば、どんな嵐にも倒されない強じんな会社になります。地球環境が大変な状況です。これを何とか出来るのも、地域の多数派である中小企業です。環境保全を理念に掲げ、人間としての生き方を問い返しながら、事業のありようも考える。そういう学びを深めてまいりましょうと概要報告されました。
 この後、会場を移して交流会。参加者全員が自己紹介と同友会への期待などを発表しながら、名刺交換やお互いの経営課題をワイワイ話し合い、とても良い雰囲気で交流できました。
 最後に坂田組織活性化委員長から「感動が人間を動かします。私達の経営も、満足にとどまらず、社員やお客様へ感動を提供できるように、ホンモノにこだわって進めましょう。同友会で学び、ホンモノの経営者になりましょう」と挨拶し、一本締めで終了。参加者から「同友会がどんな会かわかりました。初めて参加した時に居心地が良いと感じたのが自主・民主・連帯の精神がある体と理解できました」「謙虚に学ぶ姿勢が大事なんだと感じました」「経営者と社員はパートナーという意味が理解できたように思います」「今後の同友会活動に参加するモチベーションが上がりました」と感想が寄せられ、支部総会や基礎講座への登録も進み、同友会運動の主人公への第一歩となりました。(M・H記)

大津支部3月例会 組織を支える原動力:幹部社員との共育ち例会

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大津支部例会が3月24日(月)午後6時半から8時までびわ湖大津館で行われ、会員と社員56名が参加しました。
 報告者は村瀬裕寿(株)ビイサイドプランニング取締役。「組織を支える原動力~出来ない社員が、なぜ有能幹部になったのか~」をテーマにご報告をしていただきました。
 村瀬氏は20年前に、(株)ビイサイドプランニングへ書店フォローのアルバイトで入社します。1ヶ月後に営業の辞令を受けますが、本音は「編集がしたい」でした。バブルの好景気で求人広告は簡単に受注でき、営業課長に。バブルが弾けると途端に売れなくなり、部下から「あの人は何しているの」という目で見られます。結局降格され、一営業マンとして半分腐りながら最低限の仕事をこなす日々が続きます。
 売れない日々に「景気が悪い」「商品が悪い」と愚痴をこぼし、5年後には会社もどん底で、広告営業部隊は二人になります。自分も、もう辞めようと決め「3ヶ月後に辞めます」と宣言。ところが気持ちが吹っ切れて売れるようになり、「自分に居場所が出来て、このまま勤めようかなぁ」というスケベ心が頭をもたげます。社長とはそりが合わず指示されることも聞き流し状態。いまから思えば「俺はこんなに頑張っているのに、社長は理解してくれない」と言い訳ばかり考えて働いていました。ちょうど15年勤続になっていて、名前ばかりの取締役をもらい、プライドだけが前に出て人の話を聞けない状態でした。
 ある日、同じ営業仲間が「辞める」と言い出します。これで営業は自分一人です。「どうする、俺も辞めるか、いや・・・」思い悩み、「俺がしたかったことは何だ」と深く問い返します。
 「自分は情報誌がしたかった。一人でやるよりも多くの仲間とする方が、より多くの情報を発信できる。そして世の中のためになる。15年やってきたこの仕事を投げ出してしまっていいのか。仲間が辞めるから、逃げ出していいのか」と考え、会社が好きなこと、広告、本を出すことの意味を自分の中で再発見します。
ここで「覚悟」がうまれます。「辞めるという選択を捨てました」。そうすると不思議と心落ち着き、社長に「どうする」と問われた時「僕は辞めませんよ」と笑顔で応えていました。
 「やる」と腹を決めた途端に、笑顔になれました。社長に心を開いて話せるようになります。いまでは部下が28名(今春3名さらに採用)。「僕のキャパが大きくないと部下がかわいそうですから・・・」と笑顔で。
 部下が増えてきた時「なぜこんなことが出来ないんだ」と思いが空回りします。いまではその思いこそ自分の「わがまま」だと思っています。その気づきは、同友会の幹部社員研修への参加から。山崎教育委員長から「部下にちゃんと伝えないで、出来ないとか分からないことを攻めるのはあなたのエゴです」とガツンとやられます。自分が出来ていないことを棚に上げていることを研修で気づきます。
次に、経営指針を創る会へ参加し、自社の経営理念の意味、それを発信することの価値を腹に落とします。「ビイサイドの理念、元気発信。これは社長だけでなく、全社員が一緒に考え共感してつくったもの。この理念で心一つにすれば必ず成長できる確信があります」とも。
 「啐啄同機と言う言葉の通り、本人が変わろうとする思いと、まわりの働きかけのタイミングがぴたっとあう時に、変わるものだと思います。私は変わるのに15年かかっています。一人でも多くの社員に、変わることの喜びを伝えたい。いまの自分は部下を笑顔で迎え励ますことが仕事」だと、満面の笑顔で語っていただきました。
 この後「人が育つ組織づくり」をテーマにグループ討論。8つのグループで活発に話し合うことが出来、経営者は経営姿勢と責任を、社員は自分の役割を他社の社員の発言から気づく機会をえられ、とても中身の濃い例会となりました。(MH)

大津支部2月例会~経営危機、労使の対立を人間的信頼で乗り越える

ファイル 123-1.jpg  大津支部例会が2月21日(木)午後6時半から9時までびわ湖大津館で行われ、35名が参加しました。
 報告者の水野透氏((株)渡辺工業取締役社長・同友会北近江支部副支部長)は「社員と共に“働き甲斐”のある会社を創る~同友会の“経営指針を創る会”で始まった労使見解をベースにした人間尊重経営~」をテーマに、経営幹部として入社しその後社長を引き受ける中で、労使の対立関係と経営危機を乗り越えてこられた経営実践を報告していただきました。 
 座長は河口裕亮氏( (株)ハイコネクト代表取締役・北近江支部組織活性化委員長)にご担当をしていただき、第38回全国研究集会分科会報告本番さながらの雰囲気で例会が行われました。
 水野氏は昭和56年に部品塗装業の渡辺工業へ入社。儲かる会社をめざして努力します。
 労働組合ができることで「組合が職場改善を要求すると新しい機械も導入される。組合の主張や存在は間違いではない」という立場で幹部職に就きます。バブルが崩壊し大手一社依存体質から受注が激減、取引先の拡大と板金から塗装まで一貫して受注できる企業へと進路を変えます。厳しい状況で経営者は親会社からの出向者を受け入れ、組合対策とリストラに乗り出します。
 団体交渉の練習をする経営者に加わり「経営者と社員の間で駆け引きやごまかしが必要なのか?」「袖触れ合うも他生の縁、縁あって集まった仲間なのに」「一日の大半を過ごす会社で、お互いに幸せでありたい」・・水野氏は疑問に思い、経営がどん底の状態で労組役員との本音の話し合いに臨み労使の関係改善へと変化が生まれます。
 2005年に水野氏は社長に就任。労組設立20周年で、組合から水野氏へも記念品が贈られます。「いろんな時期がありましたが、このときは嬉しかった」と振り返ります。
①先入観や思いこみでなく、事実を見ることの重要さ。
②情報の共有化と共通体験を通じて醸成されたグループはチームワークができあがり活性化する。イキイキ集団をつくりたい。
③リーダーとしての姿勢「勇気凛々として薄氷を踏む」。
水野氏はこの3つが仕事観の基礎。
同友会へは2006年に入会。「何のために働くのか」を恥ずかしげなく話し合っている姿に驚き、経営指針を創る会へ参加。経営理念をはっきりさせることで、渡辺工業の進む道が明らかになりました。モノの見方・考え方を学ぶ同友会の幹部社員研修に参加することで社員の目線が広がり「仲間と共に生きる力を育む教育は会社の仕事」であると気づきます。社内マイスター制度を設け、技術拾得へチャレンジする社風づくり、お客様の「困ったなぁ」に応えて自社の製品やサービスを見直す風土づくりにチャレンジしています。
 「湖北は大企業の工場があり、人材が吸い上げられています。地域の若者に中小企業で働くことの喜びと、地域での役割を伝えたい」と職場体験の受け入れも熱心。自社で三年の研修を終えた外国人労働者の帰国後の仕事づくりにも取り組んでいます。
 最後に「会社は社会に必要だと思われているから存在する。だから、会社は社会のためにあり、従業員のため、お客様のために存在していることをオーナー経営者にも社員にも明言しています」と強調しました。
 座長の河口氏は「経営者の責任を全うする水野氏の姿勢は、人間尊重経営の実践そのもの。同友会で学び良い会社・良い経営者・良い経営環境をつくることの中味が良くわかりました」とまとめました。
 参加者からは「社員200名の先頭に立ってリーダーシップを発揮されていることに力強さを感じました。我が社は14名。何のための経営かを社員と共有できる場を増やし、全員経営できるような会社をめざしたいです」(辻井造園社長)「経営者と社員が力を合わせ良い会社をつくり、顧客や社会の役に立つ、その中で互いの幸せを築きあげていく。水野さんの言う縁あった集まった仲間だから。この思いを胸に刻んで経営をしたい」(ピアライフ社長)「自分の思いをどう伝えるか、言葉より形にしてみせる方が良いはず。今年は同友会で勉強させてもらい結果を出すぞ!」(田口設備社長)など、水野氏の経営姿勢に共感する感想が寄せられました。

※水野氏の報告内容は、同友会ホームページ「例会アーカイブス」よりお求め(会員のみ頒布)いただけます。

大津支部例会~企業支援は信頼とコミュニケーションツールから

ファイル 122-1.jpg  大津支部は12月17日(月)午後6時半から滋賀銀行常務取締役の森悦雄氏を講師にお招きしてホテルピアザびわ湖で例会を開催。会員、社員、会員外の経営者を含めて73名が参加しました。
 永井茂一大津支部長は「同友会は良い地域づくりを担う元気な企業づくりをすすめています。中小企業は地域企業の99%を超え、雇用の8割を担っています。つまり、中小企業の自立的な繁栄は地域振興と不離一体です。これからも地域金融機関の皆さまとも深く連携し、元気な滋賀県づくりを共に担ってまいりたいと思います」と開会挨拶。
 この後、講師の森氏より「金融機関から見た中小企業の経営課題~地域金融機関の提言~」をテーマに、1.金融庁の求める地域密着金融、2.銀行業における信用リスク管理、3.当行の企業格付け、4.当行の求める経営課題、5.取引先への支援・助言、6.目指すべきビジネスモデルの流れで、地域金融として中小企業と共存共栄をめざす滋賀銀行の具体的な取り組み、企業支援の実際を細かくわかりやすくお話をいただきました。
 滋賀銀行では平成10年12月から科学的手法をもとにした信用リスク管理を行い地域と共存共栄する関係をつくるために企業格付けを実施。独自時の企業格付けを実施します。実施に当たっては「お客様の理解は得られるのか」「お客様の通信簿を付けて良いものか」「大切なお客様にそっぽを向かれるのでは」と議論百出。しかし、お客様と銀行が共通のテーブルに着き、合理的な考えを率直にぶつけてコミュニケーションするためのツールとして取り組む事に。企業格付けはカルテであり、銀行員はホームドクター。お客様が健康になるためにアドバイスし共存共栄を目指します。そして、お金は“事業に貸す”“人に貸す”べきものであり、たとえ現状が業況不振のお客様にも難局をこえる展望や計画、意欲ある企業には支援を惜しまない姿勢で臨んでいると強調。定量評価に加え、定性評価を大切にして、「正常先」「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」の債務者区分をさらに15ランクに分けています。
 滋賀銀行の経営評価としては、識見・体力(経営者の辛抱、先見性、仕事への専従度、友好関係)、経営・管理能力(経営者の計画性、積極性、実行力など)、後継者・経営陣・組織(育成度合い、年齢構成など)等を14項目にわたって示されましたが、特に従業員の定着性や労使関係までも注意深く捉えておられることが印象的でした。
 経営の要素である「人」では、経営者が健康であるか、ロマンを持っているか、何よりも「経営理念・方針・計画」を明文化しているかが重視され、従業員さんが工場で元気良く挨拶をしてくるか、トイレは清潔かなど、社員教育や社風にまで及んでいます。企業経営支援室では約100社の企業の格付けアップに取り組まれていますが、「企業は人なり、経営者の意識改革なくして事業改善はあり得ない」とキッパリ。
 結果として、企業格付けをもとにしたコミュニケーションで、お客様の経営課題が明確となり、解決の方向が見え、経営基盤が強化され、財務内容も良くなり、企業価値も上がり、地域経済の活性化となり、地域社会の発展につながっていく、共存共栄のビジネスモデルを更に進めてゆきたいと報告されました。
 参加者からは、銀行が企業支援にここまで力を入れていることを具体的に教えてもらい励みになったなど、今後の付き合い方を更に深くし、信頼関係を築く学びとなりました。ありがとうございました。
 この後、第2部は忘年会。会員とゲスト経営者52名が集い会場は一杯に。新会員紹介では参加した14名へ「これから一緒によい会社を目指す仲間になりましょう」と司会の飯野氏より呼びかけられ、大きな拍手でエールが送られました。会場では食事もそこそこに名刺交換や歓談に花が咲き、知り合い・学び合い・励まし合う同友会らしい例会となりました。

大津支部例会「自学」「自成」「自立」の教育を

ファイル 120-1.jpg 大津支部は11月26日(月)午後6時半から9時まで琵琶湖ホテルで定例会を開催しました。
 今回は学校関係の方と共に教育課題を考えるため、元京都成章高校校長の小林冨三氏を講師にお迎えし、「『鉄は熱いうちに打て』-たった1000日が人生を決める-」をテーマに講演と討論を行い、会員、教育委員会、市内中学校の先生、また教育関係の皆さま37名に参加していただきました。
参加者からは「企業も教育も目的と目標を明確にして取り組むことの大切さ、情熱を以て関わることの大切さは同じ。人の個性をいかす、ソノ気を引き出すリーダーを目指す」など活発に話し合われました。

《小林氏の講演要旨》
 少子化の中で小中一貫校や、大学の付属校などが誕生し、新聞を開けば私立大学の宣伝だらけです。でも、広告を出して生徒を集めることが本来のあり方でしょうか。
 昭和32年から明徳学園にお世話になり、商業科としてソロバンではトップに。生徒も3000人で、半分は企業へ、半分は銀行へと就職し、京都の銀行は明徳卒業生が多くを占めていました。しかし時代の変化で、商業もソロバンからコンピュータへ。昭和50年頃には生徒も1000人となり、経営が厳しくなりました。
 そこで、明徳が保有していたグラウンドへ新たな高校をつくり、危機突破を図ることになったのが京都成章高校の誕生です。しかし、京都の西の端で地の利が悪い。そこで生徒を集めるには「進学校をつくる」ことにしました。明徳の先生は経営危機をさらに圧迫させると反発し、誰一人ついてきてくれませんでしたので、私が校長で単身赴任しました。
 まず、教育の目的を「深い知性と逞しい行動力を持った自立的な人間を育成する」ことに定めました。校訓は「自学(じがく)」「自成(じせい)」「自立(じりつ)」です。「自学」とは、自ら学ぶこと。本人がその気にならなければいくら教え込もうとしても身に付きません。本人の学ぶ気持ちをバックアップするのが教育です。「自成」は自らが人間関係の中で自分をつくること。「自立」は甘えないこと。独立独歩出来ると言うことです。
 当面の目標は「生活と学習の統一」でした。生活のリズムをきちんとさせることで、学習のリズムもつくると言うことです。そこで、「起きる時間」「寝る時間」「勉強の部屋に入る時間」を固定するようにやかましく言いました。
 次に、出口と入り口の統一。出口とは良い大学にはいること。そういう生徒が増えれば、さらに良い生徒が集まるという循環になります。3年間で良い出口をつくるわけですから、真剣勝負です。新聞に学校の広告を載せるお金があるなら、その分を生徒の教育に費やし、勉強のできる生徒を世に送り出すことが大切だと思います。
 集団で事に臨むには、目標の明確化が必要です。急ごしらえの高校なので、先生もいろんな人が雑多に集まりました。でも、「どんな花でもいらない花はない」。それはすべて個性です。大事なことは、個性をいかに活かすかと言うことです。そのためには目標を明確にすることです。
 先生には「伸びる子はどんどん伸ばしてください。できない子はわかるまで教えてやってください。その日の内に」とお願いしました。先生は工夫をして、廊下にホワイトボードを並べて、授業が済んだらすぐに質問を受け応えられるように工夫しました。
学力の基礎となる知識は朝8時から30分間毎日早朝テストを行い、漢字、英単語、算数の計算を反復練習で徹底して覚えさせました。これをやらないと、いくら知識を詰め込んでも砂上の楼閣になります。早朝テストで60パーセント説けない生徒には、居残りで再テスト。できるまで夜11時まで先生も残ってやります。大切なことはできない生徒を放置しないこと。校長の仕事は、勉強している生徒と先生へ夜食のパンを差し入れすることでした。「分けて食べてよ」と一つのパンを半分ずつにして食べる。こういう心配りが必要です。
人づくりとは、人を見つめることにあります。
 近江商人の家訓にある「陰徳善事」の思想が、今ほど必要なときはないと思います。

大津支部9月例会~社長が変わり・社員が変わる経営

ファイル 119-1.jpg 9月21日(金)午後6時半から9時までびわ湖大津館で大津支部例会が行われ32人が参加しました。報告者には岩島伸二氏(京都エレベータ(株)社長・京都中小企業家同友会代表理事)を迎え「社員の成長なくして会社の発展なし~社員教育は社長教育が原点」をテーマに報告していただき、グループ討論では「社
員“共育”での悩み・成果の交流」をテーマに話し合いました。
岩島氏は大手エレベータメーカーから独立し、現在の会社を共同経営するに至った経験から「1.一緒に働く「仲間」を決して裏切ったり、粗末にしない事。2.何事もすべて自分一人の力で出来たものではない事を知り、すべての人のお陰で会社が支えられている事を常に自覚する事。3.自分だけ豊かになろうとしない
事。皆で豊かになる事。4.人間関係が辛くない職場にする事。5.企業を私物化しない事。(個人企業にしない)4名の株主ですが、誰か一人が株式支配を出来ない様に配慮する。親族を入社させない。6.会社はそこで働く人間のものである事」を経営姿勢に京都エレベータを経営します。同友会では社員教育を目的
に入会しますが、社員教育委員会活動で教えられたのは、まず社員教育は「社長教育」であるという事でした。「社員を教育しょう、会社を良くしょう」と思えば、「まず社長である貴方自身が変わろうとしなくては社員を変える事はできないですよ。まず貴方から変わりましょう」と教えられます。その後、経営指針成
文化に取り組みますが、机の引き出しにしまってしまいます。幹部教育に取り組む中で、社員から「社長、我が社の経営理念は何ですか」と問われ、経営指針所を取り出しすことに。これから指針を元に実践することが課題である。安心・安全よりもコストを重視した経営が不祥事を生んでいる。「当社は安心・安全には
コストがかかることを丁寧に説明し、理解していただいているかたがお客様になっていただいています」と報告されました。

《参加者の声》
「中小企業のほとんどが個人商店であるがごとく、社長の決断・押しつけで会社を運営されています。これが会社を成長させない、社員を成長させない状況をつくっている。岩島社長のようにオープンに得きる社長は少ないと思いますが、自分もその一人になれるように努力してゆきたい」(山岡氏ビーテック社長)
「良い社員を育てたいなら社員教育の前に社長教育だ。社長が変わらなければ何も変わらない。まず自分が変わろうと感じた。本日はグループ長をさせていただいて、少しだけ自信がつきました」(辻井氏辻井造園社長)
「幹部研修と社員研修がきっかけで社員の考えが変わったことを聞き、自分も変わらないといけないし、社員さんにもチャンスを与えるよう研修の機会を与えないといけないと感じた。外部研修も必要。ただし、社員を外部へ出すだけで社長が成長していなければ、社員がやめてしますこともよくわかった」(山脇オーパ
ル社長)

企業は内部矛盾で変わります。労使の関係はその最も大きな矛盾です。矛盾を発展へと導くには、労使が矛盾をもとに「共に育つ」こと。矛盾を切り捨てていては、発展しない。また、内部矛盾は外部の矛盾(社会環境や経営環境)を反映します。自社でいかに社員教育し人間として力を合わせて生きることを学んでも、
社会が命よりも金を大切にしたり、優勝劣敗・弱肉強食だけの間違った価値観に満ちあふれていては、もともこもありません。
私が変わること、社員が変わること、さらに社会の価値観を変える努力を力を合わせて取り組むことで、労使は本当に経営のパートナーとなる。より良い社会の主体者として企業は発展する。そういうことに気づいた例会でした。(H)

大津支部例会 市場のニーズに応え“新しいことにチャレンジする”ことが本業を強める経営

ファイル 117-1.jpg大津支部では8月28日(火)午後6時半から9時までびわ湖大津館で「新しい仕事づくりで地域活性化を~産・学・官連携で明日を拓く企業づくり~」をテーマに開催しました。

 清水克士氏(大津市産業政策課副参事)から「大津市の産学官ネットワーク事業の概要」として、びわ湖南部エリア新産業創出特区計画を中心として推進している、本市の産学官連携事業の概要とこれまでの経過を中心に報告。
 川嶋眞生氏(大津市産業化支援コーディネーター)から「産業化支援コーディネーター活動について」で特区事業において核となる産業化支援コーディネーター活動の役割と成果を報告。
 最後に、実践する企業として田中 守氏((株)イマック 代表取締役社長)より、チャレンジし続ける研究開発型企業の実践をご報告いただきました。
 三宅孝氏(大津市産業観光部管理監)からは、中学生の職場体験に取り組む大津支部活動と、地域振興の担い手としての期待を込めたご挨拶を頂戴しました。
 参加者からは「新しいことにチャレンジするとき、ニーズに近いところから企画することが大事だとよく分かった」「企業家とは入院すれば医療機器開発の発想を磨き、百均へ行ってもビジネスチャンスを見つけるアンテナを持たないといけない」「新しい仕事づくりというテーマはとても良かった。産・学・官連携を取り入れた研修会を定例化して欲しい」「大津市と高島市、行政の支援内容が大きく違うことに驚いた。イマックでは毎年新規雇用を活発に取り組み、新事業に取り組む姿はすごいと思った。バブル崩壊の時に起業された成長し続けていることがすごい」「水道屋さんも社会のニーズをキャッチして、新しいものをつくり出せるというヒントをいただきました」という感想から、「環境、健康福祉・医療・バイオ、IT、ナノテクという先端分野による成長産業づくりだけでは地域は強くならない。既存の中小自営業の元気を引き出す、本業を強め本業に近い領域での小さな仕事づくりを支援する取り組みが必要だし、そのために同友会運動もあるのでは」「恒常的に地域産業の政策を議論する進行会議を行政と企業、市民も含めて開催しよう」という提案まで出る活発な例会でした。(M)

大津支部7月例会 倒産からの再起・あきらめない人生~経営者として“ぶれない”決意を新たにした

大津支部例会が7月27日(金)午後6時半から9時まで大津プリンスホテルで56名が参加して開催されました。

ファイル 116-1.jpg報告者は福岡同友会の宮﨑栄二氏((株)リフォーム三光サービス社長)から「倒産からの再起・あきらめない人生~障害のある方に助けられ、いまの自分がある~」をテーマに、経営者として生き方を問い返す経営体験をご報告いただきました。
 宮﨑氏は父が経営する三光洋服店(紳士服のオーダーメイド)の4人兄弟の末っ子に生まれます。職人の世界で儲からない仕事に反発し、工業高校の建築科へ進学。父は高校2年の時に頑でなくなります。高校卒業後大阪の建設会社へ就職しますが、19歳の時、がんばっても会社を伸ばせない父のつらさに気が付き、洋服店を継ぐ決意をします。一念発起して知り合いの洋服店へ住み込みで修業。寝る時間を惜しんで教えてもらったことをノートし、7年間でマスターして独立します。
 営業にまわり、1着オーダーがとれれば売り上げ10万から13万円で、5割儲かる。「お金儲けはチョロい」と有頂天になり、まわりからも社長社長とおだてられ、人を雇い店を出し、家も2軒建てます。しかし、世の中そんなにうまくいくわけはなく、資金繰りが苦しくなり銀行から「そういうことでは貸せませんよ」と言われても「おまえからは借りん」と言う始末。とどのつまりが高利貸しで借りることに。金利60パーセントのお金値手をつけます。返済のために借金する状況が続き、気が付けば高利の借金5千万円。
 義兄と弁護士に相談して自己破産を考えるも、連帯保証人への迷惑を思うとそれもできない。高利貸し20社に頭を下げ、過払いを圧縮させて3千万円を5年で返済する計画立をて、再スタートします。
 午前中は友人の会社で働き、午後からオーダーの営業にまわり、夜は縫製するという毎日を5年続けて完済。高利貸しの兄ちゃんから「あんたみたいな人は始めてた、たいてい逃げるのに。これだけ出来たんだから何でも出来る。頑張りや」と励まされるほど。勤め先の会社から専務になってくれと言うのを断り、三光洋服店の再建を目指します。
 自分に何が出来るのかと問うたとき、「技術をいかして、多くの人のお役に立つ仕事をしたい」と言う気持ちから、リフォームしようと決意。仕入れもいらないし利益率も高い仕事でした。初めて採用した社員さんが聾唖の徳永さん。この人との出会いが宮﨑社長のターニングポイントでした。
 本当によく仕事が出来、気が付く人で、人間として信頼し合う関係が生まれます。徳永さんががんばる、宮﨑社長も大切にする、会社も伸びる、徳永さんの友人が入社する氏またがんばる、職安も障害者雇用に熱心な会社だと評価し、「採用お願いできませんか」と頼んできます。宮﨑社長は職安から頼まれて断ったことはありません。障害があっても残った力で出来る仕事を考えます、ミシンも使えるように改造します。
 宮﨑社長は娘さんはを7歳の時に水の事故で亡くします。「寝たきりでも、植物状態になっても命だけは助かって欲しい」と願いますがダメでした。不幸のどん底で半年間呆然と過ごしますが、「娘がいるときは幸せを感じない、愚痴ばかり言っていたが、無くなって初めて娘の存在の有り難さ、幸せであったことが身に染みて分かりました。当たり前に家族がいることは当たり前じゃないと分かったとき、障害があったり恵まれないで悩んでいる人を目の前にしたとき、自分のこととして、自分の家族と同じ思いで力になろう」と決意します。
 3~4年先には店舗倍増で80店舗へ。売上10億で経常1億が目標。利益を出すことが目的ではなく、1億の利益で障害者の人の働く環境整備に努め、100名の雇用を実現したい。朝礼で毎日「うちは障害者の人が従業員で入ってくれたから今があります。内の会社は障害者の人を盛り上げていく会社です」と伝えています。経営理念は「ものを大切に人を大切に」です。お客さん、従業員、家族、、地球を大切にする思いです。
 障害者の雇用は、そのことの大切さを経営者が“ぶれない”で言い続けることで実現できます。
 経営者が儲けてやろうとか、上手く使ってやろうとか言う心ではなくて、本当に従業員に感謝し、出来る仕事をつくっていく、障害者には一つの面でその人を評価しないで、多面的に見て、出来ることをどんどん伸ばしていくようにすれば出来る仕事は必ずあります。「きれい事を言うようですが、きれい事も言い続ければ、それが当たり前になります。きれい事を言わなければ世の中が悪くなる」と言う宮﨑社長。本当に熱く障害者従業員さんと共に事業再生と発展に取り組んでこられた実践を語っていただきました。有り難うございました。

《参加者のご感想》
 「今がどれだけ幸せなのか、苦しい、不幸と思っているが、本当は一番幸せなのだ、人間はみんな無限の可能性を持っている。社員の奥様や家族のも心底感謝し気を遣う。障害者が当たり前に働き、企業にとっても利益を生み出せる方法や仕組みを作りことが経営者の仕事だ」(造園業経営)
 「障害者と一緒に活動して47年になりますが、あらためて人としての生き方と働き方のあり様を問い返す機械をいただき感謝します。幸せがえし、ほほえみがえしを心がけていますが、障害のあるひとの発達に理論と実践をより高めていく思いを強めることが出来ました。障害者自立支援法の問題点は、現場から実践的に変えていきたい。補助金制度から自営経営に転じていく知恵と力量を高めていくことが今求められているのだと・・・」(社会福祉法人経営)
 「宮﨑さんのお話を伺い、ぶれかけていた心が初心に戻りました。有り難うございました」(社会福祉法人経営)
 「胸が熱くなる話でした。人が人と接するときに、障害の有無は関係なく、相手のことをどれほど思いやって、相手の立場に立って一人の人間として接することが大切かを学ぶことが出来ました」(滋賀県職員)
 「あきらめない、経営者としてぶれない。今の幸せを特別として考え、見つめ直す。地域や社会や人間関係を大切にし、実践にいかしたい。あきらめない人生から、皆の良い社会を、関わりながら実現する良い勉強になりました。そのために、具体的にどうするのか、計画を月、日数へと落とし、地域一番店づくりにまで明確にすること。利益を上げる目的など、本当に経営者として素晴らしい実践に感動しました」(建設業経営)

*この例会は滋賀県障害者雇用促進セミナー事業の認定を受け、補助事業として開催させていただきました。ご参加いただきました関係者の皆様有り難うございました。・・・(H)

大津支部 第28回総会・記念例会のご案内

4月19日(木)大津支部 第28回総会・記念例会のご案内

http://www.shiga.doyu.jp/cgi-in/calendar_shiga/schedule.cgi?form=2&year=2007&mon=4&day=19

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