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第19回障害者問題全国交流会in広島(福山)に滋賀から21名で参加しました!

 中小企業家同友会全国行儀会が主催し、広島県中小企業家同友会が設営を担当した第19回障害者問題全国交流会(障全交)が、2017年10月19日(木)午後1時から20日(金)の正午まで福山市の福山ニューキャッスルホテルで開催され、全国から約500名が参加しました。
 滋賀県中小企業家同友会はユニバーサル委員会を中心に21名が参加。第1分科会では永井茂一(株)ピアライフ社長が「多様な人が輝ける職場を理想に掲げて~障害者雇用で見えてきた、人が生きる経営の本質~」をテーマに経営実践報告を行い、田井勝実ユニバーサル委員長が座長を務めました。

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 滋賀の参加者は、2019年の滋賀同友会創立40周年に合わせて開催する記念すべき第20回障害者問題全国交流会in滋賀の開催に向けて学び合うと共に、開催地としてPRを行ってまいりました。
 
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◯第19回障全交参加者(敬称略・順不同)
№所属参加者名企業名社内役職
1 甲賀支部 中崎 ひとみ (福)共生シンフォニー 常務理事
2 東近江支部 宮川 絵理子 宮川バネ工業(株) 専務取締役
3 湖南支部 田井 勝実 滋賀ビジネスマシン(株) 代表取締役社長
4 東近江支部 小島 滋之 (福)八身福祉会 施設長
5 湖南支部 城 貴志 NPO法人滋賀県社会就労事業振興センター 常務理事兼センター長
6 東近江支部 荷宮 将義 NPO法人就労ネットワーク滋賀 常務理事
7 大津支部 寺田 俊介 (株)ドリーム 介護職
8 湖南支部 長友 朗 (福)あすこみっと 理事長
9 湖南支部 岩泉 匡洋 日本ヒューマンリソース(株) 代表取締役
10 北近江支部 川邉 和明 (株)アド・プランニング 代表取締役
11 甲賀支部 永田 義人 (福)共生シンフォニー
12 大津支部 白杉 滋朗 企業組合 ねっこの輪 代表理事
13 大津支部 遠城 孝幸 認定NPO法人 四つ葉のクローバー 代表補佐
14 大津支部 永井 茂一 (株)ピアライフ 代表取締役
15 東近江支部 蔭山 孝夫 滋賀建機(株) 会長
16 湖南支部 松下 佑太 NPO法人滋賀県社会就労事業振興センター コーディネーター
17 湖南支部 岡田 一浩 生活協同組合コープしが 人事教育チーム担当
18 大津支部 渡辺 貴幸 (株)大生産業 瀬田支店 支店長
19 員外 久田 昇道 (一社)障害者雇用資格認定機構 代表理事
20 員外 久田 淳子 (一社)障害者雇用資格認定機構
21 事務局 廣瀬 元行 滋賀県中小企業家同友会 専務理事
 
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=第1分科会報告概要=
分科会テーマ 多様な人が輝ける職場づくりを理想に掲げて
サブテーマ 障害者雇用で見えてきた人が生きる経営の本質
報告者 永井 茂一 株式会社ピアライフ 代表取締役 滋賀同友会 副代表理事
座 長 田井 勝実 滋賀ビジネスマシン株式会社 代表取締役 滋賀同友会 理事・ユニバーサル委員長
室 長 島田 正美 島田正美社会保険労務士事務所 代表者(広島同友会)

 社員30人の不動産業で、二人の身体と一人の精神障害者を雇用しています。同友会に入って、何のために経営をするのかを深め、社員が育つ会社づくりを学び、障害のある人と関わることで、人間の多様性をいかす社風が育まれ、地域の雇用そのものが私たちの使命だと考えるようになりました。そういう思いで事業に取組んだ結果として、2010年度滋賀同友会のアワード「滋賀でいちばん大切にしたい会社」に選ばれ、一昨年には滋賀県知事から障害者雇用優良事業所表彰をいただきました。

役員をして経営能力は高まったものの・・

 いま社長になって28年目の56才、同友会へ入会して23年です。28才の時に滋賀へ来て、不動産業に就職。経営者とは時間とお金にゆとりのある人だと思っていましたが、バブルが崩壊し1,500万円の債務超過の会社を任され、債権者へのお詫びと再建計画の説明が最初の仕事。社員の給料を払うのにサラ金通いもしましたから、経営とはお金を稼ぐことだと思っていました。社員の採用も金頼みで、「頑張った分だけ給料アップします」「1年間の売上げ目標を半年で達成したら、あと半年は休んでもいい」とバカな約束をしたことも。給料は売上げ歩合で、営業社員同士がお客さんを取り合う有様。正しい目的を持たずに頑張ればがんばるほど、会社はおかしなところへ行っていました。
 誘われて同友会に参加し出すと、すぐに役員を頼まれました。会議には資料が要ることを教わり、会員増強で会社訪問すると、わが社との違いに驚いて勉強になりました。例会の打合せに行くのも勉強。同友会で嫌々役員を引受けたことで、経営能力だけは上がりました。

社員でなく社長がダメだと気づく

 社員研修に何人が参加させた時です。事務局から「永井さん、社員さんが誰も来ませんよ」と電話があるのです。翌日社員に聞くと「行ったのですがお腹が痛くなって帰りました」と。例会に連れて行ってもたいてい後ろで寝ている。「うちの社員は出来が悪い!」とつくづく思い、恥ずかしくて研修には参加できませんでした。
 そんな頃、障害者雇用をしている経営者の報告を聞きました。その人は「障害のある人の個性や能力に合わせて仕事を作り、働いてもらっている」と報告されました。私はその時、社員の出来が悪いのではなくて、社員の能力を引き出せない自分の出来が悪いのだと痛感しました。

人間は働いて自ら変わる

「わが社も障害者が働ける会社にしたいなぁ」と考える一方で、「やってもらえる仕事があるだろうか」と葛藤。タイミング良く、同友会会員の共同作業所から「うちで出来る仕事ありませんか?」と頼まれ、そこから管理物件の掃除、草刈りや来客用のお菓子、名刺印刷などをお願い知ることに。ここから障害者に対するイメージが大きく変わりました。まず職場体験を重ねることで、徐々に会社へ受入れが出来るようになりました。
 その頃です。お客さんから「36才で引きこもりの息子を、給料いらないから預かってくれないか」と頼まれました。面接すると、パソコンお宅で顔は真っ青。眉毛も髪の毛も生えていません。アルバイトから始めましたが、昼間に働き出すと日焼けして、眉毛も髪も生え始めるのです。働くことは本当に人を輝かせるものだと思いました。その彼は13年務めて課長になっています。
 新卒採用を始めた年のこと。同友会の事務局から頼まれて、大阪のある大学生を面接しました。一緒に来た先生は、卒業式を目前にして就職先が決まらないので、何とか社会に送り出したいと必死なのですが、当の本人は面接の最中に居眠りです。聞くと70社程から不採用通知をもらっていました。「5年・10年したら君を不採用にした会社が、あいつ採用しといたら良かったなぁと言われるように成長してくれよ」と話して採用。ところが事務仕事では居眠りばかり、営業にまわすと1年間に交通事故を5回やらかす始末。そんな彼もだんだんと成長し、8年目の今では営業のトップに育ちました。
 人間とは、受入れて関わってあげると自ら政調するし、信頼すれば信頼に応えてくれるものだと信じています。
 
働くことは恩返し

 3年前、新卒で聴覚障害の女性を採用しました。
FAXで「私は耳が生まれつき聞こえませんが、面接はしていただけますか」と問合せがありました。もちろん「わが社では障害の有無で判断しません。面接いたします」と返信。ちょうど1月でした。多くの学生は就活を終え、この時期面接に来る人は半ばあきらめ顔の人が多いのですが、彼女はニコニコしてやって来ました。そして「私は耳が全く聞こえません。でも私は大学を卒業させてもらい、とても恵まれています。こんな私が就職できなければ、障害のある他の人たちの働く場が広がりません。お世話になった聾学校の先生や両親、社会の人たちに恩返しをするためにも、私は働かなければいけないのです」と言うのです。きちんと試験をしました。彼女は口の動きでこちらの言うことを理解してくれました。そして、耳が聞こえないこと以外は、他の社員と全く同じように扱うことを条件にして採用を決めました。いまではお客様に、「私は耳が聞こえませんが、顔を見てゆっくりと話して下されば解ります」というカードを示して、営業をしてくれています。
 彼女を採用して、一番成長したのは直属の上司です。よく「俺の言うことを聞いてなかったのか」と部下を呵る上司がいますが、聴覚障害だとそれは通用しません。どうすれば相手に伝わるのか、理解されるのと上司は努力し成長しました。彼女からの入社条件は、会社で手話教室をすることでしたので、今でも毎日朝礼で5分間教えてくれています。そのことも、違いを受入れる社風づくりになっています。手話が言語のように使えるようになれば、もっとステキな職場になると思います。

経営者は仕事づくりと人育が仕事

 中同協の鋤柄前会長から、経営者には働く場をつくることと人を育てるという仕事があると教わりました。会社は時流に乗るから大きくなるのではなく、業績の善し悪しに関係なく仕事を作って人を雇用し続けるから成長するのだと。忙しい時だけ人を採用するのは、社員を売上げ追求の道具にしているのと同じことだと。そう教わってから、わが社も業績の善し悪しは関係なく、毎年社員を10%増やすことを目標にしました。そして、障害者雇用に取組み、仕事に人を合わせるのではなく、人に仕事を合わせるようにしてきました。
これからも、働きにくい人が働きやすい会社であること、私も含めて出来ないことを補い合える会社であり続けたいと思っています。

記録:廣瀬@滋賀同友会

=第19回障全交に参加して=

           廣瀬元行 滋賀県中小企業家同友会 専務理事

 今回の第19回障全交in広島(福山)では、2019年10月17日(木)18日(金)に開催を予定している第20回記念大会in滋賀に向けて、良い学びと確認が出来たと思います。
 分科会や二日目の討論会を通じて、「障害者を取り巻く諸問題を中小企業経営者が自社の課題として自主的な自助努力で解決することをめざす」という障全交開催の思いが、人間尊重の経営を推進するという同友会運動の広がりと深化をうけて、34年の年月で広まり深まりを見せていること。地域雇用の担い手である中小企業の課題も、障害者をはじめとしながら、働き辛さを抱える地域の多様な人々の課題解決へと広がっていて、中小企業が中軸となりながらも、同じ志を持つ支援機関や学校関係者との連携を強固にすることで、課題の解決を目指していく、新たな決意と学び合いの場としての障全交へと運動が広がっていることが良く理解できました。

1)中小企業運動である同友会が始めた障全交開催の意義を歴史的に再確認し
2)同友会運動の発展と共に広がる課題と実践の深まりを踏まえ
3)地域社会の主人公としての中小企業が中心となり、課題を引受け解決を目指し地域の持続的な発展を推進する。

 そんな成果をさらに確認し合える、障全交in滋賀にしたいと思います。
 あと2年間、仲間を増やし(同友会の会員を増やす)、学び合い(会社見学、施設見学)、経験を広げて(例会等での実践報告)まいりましょう!

2019障全交in滋賀 第3回プレ学習会ご報告

 滋賀県中小企業家同友会ユニバーサル委員会・経営労働委員会・共育委員会・理事会の共催で「2019障全交in滋賀 第3回プレ学習会」が8月4日(金)15:30~18:30まで草津市市民交流プラザ大会議室(フェリエ南草津5階)で開催され42人が参加しました。

 今回の学習会には愛知同友会より障害者自立応援委員会で活躍されているTIY株式会社 代表取締役の小出晶子さんをお迎えし「生きることは社会とつながること、働くことで社会とつながる~“人を生かす”良い会社とは~」をテーマに問題提起をしていただきました。

 開会にあたり、蔭山孝夫代表理事は「2019年秋に障害者問題全国交流会を滋賀で開催します。その取組みに照準を合わせ、ユニバーサル委員会を中心に障害者雇用の促進を目指して学び合いを行っています。地域の多様な雇用を担うことは、中小企業の社会的な役割であり、そうあることが良い企業づくりの実践です。わが社でも実践して行きたい」と挨拶。
 田井勝実ユニバーサル委員長は「経営者の責任とは、企業を継続して発展させることです。地域の多様な人材、働き辛さや障害を持つ人たちが活躍する企業を作るのは、企業の継続発展の課題です。本日の学びを通じて、働く意欲と能力のある人の可能性が発揮される会社づくりの有り様を学んでいただきたい」と例会の開催趣旨を発表していただきました。

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 報告者の小出晶子さんは、お父さんが経営されている会社を継がれます。近所のパートさんが中心の会社で、扶養の範囲で働く人が多く社員募集をされますが応募がありません。必要に迫られて前職で訪問したことがある障害者施設のことを思い出し、養護学校へ採用募集。まず実習から始めて下さいと言われ、女の子に来てもらったことから障害者雇用が始まります。
 最賃除外という制度があると聞かれますが、「同じ仕事をしているのにそれはおかしいのではないか?」と自問自答され、TIYでは障害者の人にも最低賃金を保障すると決め、最賃を支払えるだけの生産性を上げるために、仕事を単純化し治具や生産用具の工夫も進められたました。

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 女性のパートさんの最高齢は68歳、男性は83歳で、短時間でも働きたいという人に来てもらっているそうです。もちろん、長時間働きたい人にはフルタイムに変われるそうですが、小出さんは「働きたい時だけ来てくれて良い。働くことで自分の居場所が出来れば良い」と考えておられます。
 お金をかけて機械化や自動化し、生産性を上げるようなことはしない。あくまで人が物を作る会社でありたいとも。そして、道具を工夫することで、誰でも働けるようにしたいと強調されます。

 人は褒められたり、認められたり、役に立つと言わると嬉しくなります。これは障害のある人もない人も同じ。でもそれを実感できない人が多い。だからこそ、小出さんは会社で働くことを通じて、お互いを褒め、認め、役に立つと実感できる会社でありたいとも。

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 雇用する側が福祉のことまで抱え込むとしんどくて継続できないので、問題行動する障害者も居るそうですが、そういうときは支援センターの力も借りてもう一度福祉の施策で訓練してもらうそうです。
 他の会社では馴染めなくても、TIYまら働ける障害者もいたそうです。一人ひとりの特性に合った仕事を見つけることが大切だとも。
 雇用が出来れば一番良いのですが、同友会会員1社が一人の障害者に何らか関わることが出来れば、障害者を取り巻く環境は大きく変わるのではないかと。

 最後に、「誰も働いてくれる人がいなかったから、結果として働いてくれる障害者や高齢者が中心の会社になった」と仰いましたが、でもそれは、小出さんの信念「生きるとは社会と繋がること」そして一番分かりやすいことが「働くことで社会と繋がること」だと言う、人間の社会性を尊重する「生きる姿勢」があったからだと思いました。

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 参加者の声「人間まるごと理解し、受入れておられる」「人としての優しさが伝わってきました。その人と出会ったことへの責任=経営者の責任として一人ひとりが働きがいのある職場を作ることだとあらためて学びました」「会社も働く人にとっても、お互いを必要とし、必要とされることが、働き続ける上で非常に大切であるとあらためて感じました。自然体で生の声をたくさん聴かせて頂き、スッキリすると共に刺激になりました」「みんなに「出会えたことが良かった!と社員さんに言って貰える会社にどうしたらなれるのか。一人ひとりと向き合い、真摯に話を重ねたい」・・・

 このあと、小出さんにもご参加をして頂き、納涼会で大いに語り合いました。

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第2回障害者問題全国交流会プレ学習会~情勢・障害者問題への取組みの歴史・企業づくりの原点・地域を担う企業のありよう~

 滋賀県中小企業家同友会の人を生かす経営3委員会(ユニバーサル・経営労働・共育)と理事会による第2回障害者問題全国交流会in滋賀(2019年秋開催)プレ学習会が3月2日(木)15:30~18:30までフェリエ南草津5階大会議室で行われ35人が参加しました。

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 中小企業家同友会全国協議会専務幹事の松井清充氏より、以下のレジュメに基づいて今日の情勢と同友会が障害者問題に取り組んできた歴史、そのバックボーンとなった企業づくりの考え方、さらにこれからの時代に必要とされる地域社会になくて放たない企業づくりに有り様を90分間全面展開で報告して頂きました。
 以下のレジュメの全文を掲載いたします。
 報告のあと、同友会運動で・自社の経営で障害者問題(障害者を取り巻く諸問題)をどのように位置づけ解決を図っていくのかについて、自助努力と社会的努力の両面でグループ討論しました。
 
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「同友会が障がい者問題に取り組むワケ」
~その歴史と理念から人を生かす経営を深める~

滋賀同友会2019秋障全交in滋賀開催に向けた研修会レジュメ2017年3月2日
 中小企業家同友会全国協議会・専務幹事:松井清充

1情勢・時代認識(まず立ち位置を明確に)
<1>地域の危機
①戦後70年何が地域に起きたのか、高度成長やグローバル化と同時に都市と地方の格差が拡大し、1985年以降日米貿易摩擦を「解決する」ために、自動車や家電メーカーの海外への生産シフトを推進し、他方では、農林水産物、中小企業製品、石炭等の鉱産物の積極的輸入を行いました。また、小売業の分野では大型店の規制をなくしていきました。この経済構造調整政策は構造改革へと引き継がれ、その間に地域の農林水産業が衰退しただけでなく、工場も減少、小売店も衰退し、卸売りも4割減に。かつての国土計画で「工場の地方移転で雇用を確保し、公共事業費の傾斜配分で雇用確保」を図った方法が、海外生産が主となり、撤退が相次ぎ限界を迎えています。そのことで地域が疲弊し、若者が、魅力ある仕事がないからと大学がないから都会へ出て行き田舎に帰らず、特に東京一極集中に拍車がかりました。

②人間が減っている。ということは付加価値を上げない限り経済が縮小するということです。100年で人口半減、で2050年の少子化と高齢化は確実に(2050年の日本は65歳以上が40%占める超高齢化社会、労働人口は64%に減少が確定)。日本では人口増加率と経済成長率は比例しており、このまま人口減が続くと2070年には消費税53%が必要とも試算。漁業も減り、15年農業平均年齢が67.1歳、高齢化して食料生産の危機を迎えていますが、逆に食に変えるチャンスです。

③資源が減っている。「世界はこの100年間で1000年分の資源を食いつぶしてきました。」エネルギー代だけで2014年27兆円もの海外流失、2013年農産物輸入額6.2兆円も海外流失。国内でお金が流れない、日本で企業のお金の流れが縮小し、88年の1京2000兆円から4000兆円に減少。

④企業が減っています、企業の減少は少子高齢化より早く進んでいます(事業所数は89年662万から2012年542万に減少、中小企業の企業数も99年484万社から2012年385万社に減少)。特に個人企業が一人の能力だけでは大減少に。日本だけ廃業増加で企業が減少、特に個人企業の業況10~12月DIで-61.4、<良い企業が3.4%しかない、悪いが64.8%>であり、空き屋の増加13.5%も問題ですが、それ以上に空き店舗数が2003年7.31%から2013年14.62%と増加、町村では16.11%と高齢者が買い物できない状況に。企業で言えば得意先がどんどん減少に。個人企業の「後継者いない」が8割にも達しており今後手をうたないと半分の企業が無くなる予想に。

⑤長期の公共事業の削減(国と地方自治体合計の行政投資が95年50兆円超が2010年で22兆円と半減以下)で建設業がほとんどの県で減り(2000年60万から2012年47万に21.8%減少)、県民所得が減って(一人当たりでは4年増と報道されるが、理由は人口減で、実額では2001年273兆円から2012年247兆円)、全国で雇用と所得が失われています。地域内経済循環が崩壊し、全国の信用金庫の平均預貸率が50%と、集めた金の半分が地域で回らない状況が生まれています(2003年58.9%から減少)。公共事業に頼らない地域循環型経済を構築していくことが必要です。

⑥円安になっても輸出数量が伸びない構造に、海外投資増加の中空洞化が進展し逆輸入が増加し、内部留保が増加しても賃金上がらない、原因は海外生産と非正規雇用拡大で対応しているからです。その結果大企業でも内需型苦戦し、海外生産と現地調達は上昇を続け、非正規が増えて賃金低下の一方で、上場大企業が、株主配当を積み増しています、これが受け取り配当金の益金不算入の利用で税金払わず(少し是正されましたが)内部留保に回るだけです。この影響は、金融緩和の拡大と同時に、株高がさらに進むと同時に円安も連動して同時に進行するので、家計が苦しく貯蓄の取り崩しや、地域での格差や大企業と中小企業の格差が拡大し、地域と国民が苦しくなる原因を作り出しています。
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⑦フランスのトマピケティの「21世紀の資本」で「資本の収益率は常に経済成長率を上回り(常にr>g)、所得格差が広がり、経済を阻害している」という提起が世界中で話題になっています。日本では米国と違い超富裕層の増加よりも、問題は90%の国民が貧困化して格差を広げています。さらに所得格差は経済成長を損なっているとのIMF公表に続いて、OECDが2014年12月に報告「過去30年で富裕層と貧困層の格差が最大に、25年間で8.5%もGDP押し下げていると、この悪影響は下位40%に及ぶ貧困層が(日本だと下位90%が)教育に投資できないため成長阻害と結論」付けています。反対に言えば「教育に投資すること(人づくり)が経済成長に貢献する」と言えます。

<2>日本のビジネスモデルの崩壊
①欧米の高品質を求める国から今世界の消費の主役は「品質でなく低価格」でいい時代であり、長期的に原料高の製品安が世界中に。日本のビジネスモデルが成り立たない時代。

②日本のデフレの原因は賃金の低下であり、特に20~30歳の若年労働人口が減少しているのに賃金低下、その原因は派遣や請負の増加(非正規比率40.0%)で物を買えない若者が増加。その結果結婚もできないし教育費の高騰で子どもも産めない、女性の出産率は正規33.1%、非正規16.3%と人口減にも拍車が明確であり、2012年日本の貧困者(日本の年収の真中244万円の半分以下層)の増加で貧困率は16.1%に。

<3>モノの豊かさから心の豊かさ追求の時代へ 
①「メイド・イン・ジャパン」から「メイド・バイ・ジャパン」転換が21世紀の日本経済の構造の質的転換です。家電などの完成品輸出から、海外生産のために生産財輸出中心に変わり、世界最適地生産にシフトし、日本の中小企業の仕事を奪っています。

②バブルまでは「不足の時代」で品質、価格、納期でよかった。量的充足は終り日本のライフスタイルはアメリカに追いついたのです。サービス業が7割占めるサービス経済化の時代の日本では規模追求ができない低成長が必然になります。

③量的な充足だと量産、量販、低価格。そこから「質」が問われる時代に変化。「物の豊かさ」を求める時代から「心の豊かさ」を求める(国民の64%が)時代に変わったということです。<若年ほど貧困で、まだモノの豊かさを求めていることが確認できます。>グローバル競争に勝っての経済的豊かさは国民にとって「幸福」の「福」だけで、決して「幸せ」を得られない時代に。さらに「心の豊かさ」の追求は「求めているものが本人も分からない」時代に。

<4>時代の流れ
①「日本社会は人口減少の中で、成熟期にあり、大量(マス)の時代ではなく、1人1人(個)を大事にして応えていく時代」。しかも「日本人として、物質的に満たされた社会の中で、ほとんどの商品・サービスが同質化して機能や品質での差が出ない時代」ですから「モノ」を求めているのでなく、豊かな楽しい体験という「コト」を求めていることへの2つの対応が必要です。

②さらに業界の境界線が消えつつある、古くは100円ショップの誕生で多くの異業種間競争だったのから、情報サービスの世界になる予想がIoT増加であり、典型が現在スマホの登場でパソコン、デジカメ、電子辞書、ゲーム機、カーナビ、音楽の市場が侵食され、消費支出で言えば通信費に食われ、交際費、被服、外食、教育費まで減っている危機的状況です。その通信も低下方向へ。。

③マスでは価格競争の世界、ビール業界は発泡酒から第3のビールまで低価格品の開発を続けているが総量は減り続けています。コンビニコーヒーの普及で安いコーヒーチェーンが苦戦、また家電量販店もネット通販と値段競争し住宅に力入れざる得ない状況に。その上家電業界も撤退時代、大型チェーン店が地域生活を崩壊させる撤退時代。<スモールスケールが武器になる時代>

④少子化は地域の危機です。一方高齢化は住宅補修などチャンスでもある。買物難民が増加し買い物弱者も増加。お金を持っているのも高齢者でしかも消費の割合の多いのが高齢者、巣鴨は4のつく日すごい象徴ですが、シニアが今後も消費の主流に。さらに60歳になると近くで買いたい80%に、を生かす必要があります。

⑤森さん(新江州㈱会長)『上場企業では、人間はコストの一部という考えを徹底させています。当社も株式を上場したいと証券会社の専門のアナリストを迎えて経営者教育を行いました。4億円の利益目標に対して1億円足らない時に、アナリストは「社員のボーナスはどうしますか」と聞いてきます。「払いますよ」と答えると「あなたは考え方が間違っている。中小企業はそれで良いかもしれないが、資本主義で一般の株主から委託を受けた社長は、株主への約束を一番に守ることが仕事じゃないですか」と言う。彼らのボーナスは削ることができないと言うと「あなたは社長失格だ」と言う。従業員の幸福を図っていくことは、彼らのいう社長の仕事には無いので上場を止めました。』と。人をコストにしている「儲け主義の企業社会」に未来はない。

⑥典型が新興大企業のブラック企業です「会社が株主のものになっていることで毎年配当のため“当期主義”(東芝:当期利益のため「3日で120億円利益出せ」)」の大企業。一方で、中小企業ほど人に優しいのです、「雇用者に占める女性の割合は、小規模企業ほど高く19人以下で41.9%、4人以下だと56.8%、300名以上の企業は37.5%です。また、女性の管理職の割合も19人以下17.9%で1000人以上1.4%です。高齢者雇用の割合は大企業2.4%で小規模企業19.2%と高くなっています。障害者雇用も義務のある法定雇用率では大企業が高いと報道されますが、実際の雇用数では雇用義務のない50人以下が50%以上も雇用しており、301人以上は27.3%しか雇用していません。従業員の子宝率調査では小規模ほど多いのです。だから人と地域を豊かにする時代は「人を大事にする中小企業の時代」になっているのです。しかし時代を担える実践企業がまだ少ない現実があります。これを創り出す運動を同友会はしているのです。
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2同友会の障害者問題への取り組みの歴史
<1>障害者問題への取り組みの始まり
①愛知から始まる障害者問題への取り組み(1964年創立2年目に福祉担当常任理事に今井保氏)。1968年片山工業内に名古屋グッドウイル工場という授産施設がつくられましたが、1969年片山工業倒産、相談を受けた名古屋中小企業家同友会は理事会で「慈善ではなく、末永く障害者の人たちの生活と労働を保証する」場をつくる運動を決め、土地と仕事の提供、街頭募金に取り組み、全国初の無認可の「ゆたか共同作業所が誕生。72年に社会福祉法人に認可、今井氏が理事長就任、きっかけに全国に共同作業所が誕生し、現在の「きょうされん」に。愛知同友会として1983年福祉対策委員会発足し、86年障害者問題委員会に改称。(1957年東京同友会設立、58年大阪、62年福岡、69年中同協設立、73年三つの目的制定。74年全研で決して悪徳商人にはならない声明文)

②1975年国連「障害者の権利宣言」の年に、中同協は「労使見解」を発表し、「中小企業予算についての要望」に障害者雇用についての要望を入れる。(以後、毎年の政策要望・提言の中で項目として取り上げています)

③「障害者問題」に中同協として本格的に取り組むようになったのは、1980年9月の第8回青年経営者全国交流会(静岡)の第13分散会「心身障害者とともに生きて」からです。中島昭夫氏(京都同友会)のこの報告は、参加者の魂を激しくゆさぶり、大きな感動をよびおこしました。この青全交のまとめでは、
「社会というものは、この心身障害者を含めて構成されており、この人々がまた健康な人々に人生とは何か、仕事とは何かについて教えてくれる存在になっていますが、効率至上主義のもとで、今の社会では隔絶されています。ここに光をあてて、この人々とともに働く中島さんの報告は、非常に参加者の胸を打ち、今後の同友会運動の中でもっと高い位置づけをし、また正面からとりあげなければならないと。それをできるのは大企業ではムリです、中小企業しかないということです。」という共感をもって結ばれています。

④1981年国連「国際障害者年」の3月の第11回中小企業問題全国研究集会(略称・全研、神奈川)では、第20分科会で「障害者の雇用について」がテーマになりました。
*そして、全研名で「国際障害者年にあたってのアピール」を発表。「国際連合は、1981年を、国際障害者年とし五つの目的などをきめ、各国が10カ年にわたる国内行動計画をたてるよう呼びかけました。その目的の一つに障害者雇用問題があります。(中略)いま、国際障害者年にあたり、営々と経営努力を重ねつつ、中小企業の社会的地位を高め、しかもその中で障害者雇用について大きな貢献をしつづけてきた私たちは、障害者問題について理解を深める契機とし、国や自治体に対しては、障害者の『全面参加と平等』の実現のために適切な措置をとるよう要望し、障害者と健常者がともに手を組んで力をあわせて困難をとりのぞく意志と行動を、と訴えるものです。国連決議は『障害者をしめ出すような社会はもろくて弱い』と指摘していますが、私たちは強くてたしかな日本社会を築くために、今後10年間にわたるこの運動に積極的に参加しましょう。そして障害の最も大きな原因である戦争を地球上からしめ出す行動の一翼をともに担いましょう」とそして、その夏の第13回全国総会(滋賀)でも分科会で「障害者の就業問題」を取り上げました。

⑤1982年国連「完全参加と平等」を掲げた「国連・障害者の10年」(1983~1992年)宣言採択の年の2月の第12回全研(大阪)の分科会「障害者の就業問題」の論議の中で、「常時この問題に対応できる常設機関を設置してほしいとの強い要望」が出され設立を促しました。

<2>中同協障害者問題委員会の発足
①全研での要望を受けて、1982年3月30日に中同協常任幹事会の承認をえて「中同協障害者問題委員会」の設立を決定しました。

②そして1982年7月、中同協第14回定時総会(長野)の第5分科会「障害者雇用」を経て、1982年8月に最初の中同協障害者問題委員会が開催されました。
*活動方針として「障害者の就労を促進するために、情報の収集、学習、啓蒙活動を強める」ことを決めました。

③1983年2月の第13回全研(愛知)の第101見学分科会「障害者の就業問題~ゆたか福祉会各施設の見学~」では福祉施設見学が行われ、全ての経営者の皆さんに障害者雇用を強く訴えました。

<3>障害者問題交流会の開催
①委員会での討議を経て1983年の11月に第1回障害者問題全国交流会(滋賀)が初めて独自に本格的な取り組みとして開催されました。この交流会は、「すべての人が働く喜びを」をメインテーマにして、3分科会にわかれて進められ、「二日間の熱心な討議と心うたれる発言によって」成功裡に開催できました。<全研の中小企業を取り巻く問題を解決する研究集会と同じく、障害者を取り巻く問題を解決していくための全国交流会として>

②1985年に第2回障害者問題全国交流会が2月に京都で開かれました。「すべての人がともに生きる喜びを」をメインテーマに、「熱のこもった討論」が展開され、「参加者に深い感銘」を与える交流会となりました。

③2年に一度の障害者問題全国交流会が開催されるようになり、さらに開催しない年には全国総会や全国研究集会では必ず障害者問題の分科会を設営して広がりを保障しました。

④このような障害者問題についての3大行事の分科会や全国交流会では、障害者を雇用することにより、「経営とは何か」「社員教育はどうあるべきか」を考えざるを得なくなり、健常者を含めて働きがいや生きがいを真摯に受けとめ、本質的な「人間いかに生きるべきか、働くとは何か、幸せとは何か」という命題にせまるものでした。その意味で障害者問題は「経営の原点」に立ちかえる問題であり、その点では、「人間尊重の経営をめざす同友会」であればこそ取り組めるテーマだったといえます。

<4>障害者問題全国交流会の目的と変遷
①障害者問題全国交流会は、次の目的をもって隔年で開催されています。
 1、障害者と健常者が共に生き、働ける社会(地域)づくりについて学びあう。
 2、障害者問題および障害者雇用について関心を深める。
 3、全国各地の同友会に障害者問題の取り組みの輪を広げる。

②1987年の第3回障害者問題全国交流会(大阪)で21同友会参加と当時の委員会のある全てからの参加となり、そのメインテーマ「ゆたかな人間的発達をめざそう~障害者と共に育ち合う社風づくり~」や、1989年の第4回障害者問題全国交流会(愛知)でのメインテーマ「障害者と共に育ち合おう」、1991年第5回障害者問題全国交流会(東京)のメインテーマ「見つめよう経営と人間の原点を」が示すように、「障害者の雇用と障害者を取り巻く環境問題」への理解を広める交流会を開催してきました。

③1991年の第5回障害者問題全国交流会(東京)で「国連・障害者の10年の最終年に向けてのアピール」を提案し、翌年の1992年の第6回障害者問題全国交流会(福岡)で同友会運動と障害者問題~「国連・障害者の10年最終年にあたって」を最終的に採択し発表しました。
「私たちは、国民や地域とともに歩みながら豊かな社会と地域づくりに貢献すべく、同友会運動と企業活動に励んできました。真に豊かな社会とは、障害者・高齢者・子どもなど社会的弱者の問題に対して社会全体が、また一人ひとりの人間が、あたりまえのこととして関心を持ち、そうした問題の解決のため共に考えることができる社会です。ですから、わたしたち中小企業家がまず一人の人間として、障害者問題に関心を持つよう努力するということは、豊かな社会をつくるという同友会運動の大きなめあての実現にとって大変大事なことです」(国連・障害者の10年最終年にあたってのアピール)

④1992年の第6回障害者問題全国交流会(福岡)からメインテーマ「バリアフリーの社会を求めて」が示すように社会問題としても捉えるようになってきました。1994年第7回障害者問題全国交流会(千葉)から参加同友会や参加数が広がりを見せ始めました。1996年第8回障害者問題全国交流会(石川)以降、分科会で雇用以外に「障害者にとって住みやすい住環境とは」「福祉機器の開発」、1998年の第9回全国交流会(愛知)では、「人にやさしい商店街づくり」などのテーマが取り上げられ、2000年第10回全国交流会(大分)のテーマ「創ろう、企業と障害者の共生社会」のように雇用だけでなく「共生社会」に向けて幅広く障害者問題に取り組むようになりました。毎回の交流会には、養護学校、障害者の家族、共同作業所などの参加や協力を得ており、関係を強めるきっかけになっていきます。

⑤2002年第11回全国交流会(静岡)から「障害者の実習受け入れ」が取り上げられ、各地で障害者の実習の受け入れが大きく取り組まれることになっていきました。2004年第12回全国交流会(福島)で参加者大幅増加し、2006年の国連「障害者の権利条約」採択(2007年9月日本も署名)の2006年第13回全国交流会(福岡)を経て、2007年4月に障害者自立支援法が本格施行で「「福祉から雇用へ」推進5カ年計画、「工賃倍増5カ年計画」(2007~2011年)が取り組まれる中、8月に厚労省による都道府県障害福祉担当者の会議で、滋賀同友会が報告し各都道府県が計画策定・推進するにあたって同友会があてにされる存在として認識されます。さらに自立支援法の施行(2006年)以降、地域の授産施設や障害者の就労支援団体、行政などから、就労支援や工賃倍増計画への協力などで同友会への期待が高まり、だれもが人間として尊重され、生き、働くことのできる「共生社会」づくりに向けた地域連携の取り組みが広がっていきました。

⑥2008年第14回全国交流会(東京)の「人間尊重の社会をめざして」のテーマが示すように、「障害者雇用の運動は、労使見解からの実践運動であること」が強く意識され出し、以降参加数が大幅に増加することになります。2010年第15回全国交流会(沖縄)開催中に「中小企業憲章」が閣議決定され、まさに内容にある「中小企業が光り輝き、もって、安定的で活力ある経済と豊かな国民生活が実現」「また、女性、高齢者や障害者を含め働く人々にとって質の高い職場環境を目指す」取り組みとして中小企業が注目され出しました。(ただA型就労が企業の苦境を救うことができる誤解も発生)

⑦2012年第16回全国交流会(大阪)で600名超える三大行事に匹敵する規模に拡大し、そして2012年「人を生かす全国交流会」(愛知)から障害者委員会もその輪に加わり、正式に障害者委員会も含まれ4委員会(経営労働、共同求人、社員教育、障害者)として活動を開始し、人を生かす交流会の2年に一度開催との交互に開催のために、1年で開催しましたが、2013年第16回全国交流会(神奈川)においては45同友会の参加と全同友会的運動になってきました。

⑧あり方検討会:2006年の自立支援法の制定により、新しく就労継続支援事業所が創られました。その中で課題の一つに就労継続支援A型事業所は福祉事業であり、企業ではなく福祉施設であるということを改めて確認したく、そこで働く障害者は、制度として利用者となります。利用者さんにサービス(働く場)を提供することで、国保金が支給され、企業でいう売上げにあたります。A型事業所は、障害者利用施設であり障害者が自立支援するためのものであるとあらためて確認したいと思います。福祉就労に関わる同友会会員メンバーは、制度に翻弄されることなく、仕事を創りだすプロとして、利用者に最低賃金以上のお給料を確保し、一般就労への橋渡しに導き、45000社の障害者との関わりの実現を目指すことが重要です。企業も福祉事業所もNPO・その他の法人も経営理念・戦略・戦術を考え理念を根幹において持続可能な経営をしていく事は同じです。特に人が人として向き合って行くことは同友会の理念が生きてくるのだと思います。企業と福祉が違った立場でも経営の勉強(専門委員会)が出来るのは同友会にしか出来ないことです。委員会内ではお互いの位置づけを理解し、その上で運動を広げていく必要があります。同友会は自立型企業を目指す団体で、地域の雇用と仕事を生み出し人々の役に立つ企業として維持発展していきます。その中で同友会の企業と福祉就労事業所が、切磋琢磨し連携しながら、ともに自立型企業めざし、人を生かす経営を実践していきましょう。

3企業づくりの原点
<1>原点の本質から、人間をつくってきたのは働くこと、企業とは
①「生きる」ために人が他の動物に勝ってきたのは「群れ」をつくり共同体として働いたからです。その上で人間らしく生きるとは、他の人の役に立つ、つまり世の中の役に立つことから生まれたのです。すべての人間は働くことを通して創られてきたのです。この働く場をつくることが中小企業の企業活動を行う基本にあるのです。
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②そして「晋書」(648年)の中に初めて「経世済民」という言葉が出てきます。明治に入ってから「エコノミー」という言葉の訳語「経済」として使われました。人間が生きるために経済が発生したのであり、経済成長をはかるために経済はないのです。物々交換から貨幣経済に発展し、生産を飛躍的に伸ばした中で第1次産業から第2次産業ができると同時に、「1人でやるより貢献できる組織として企業」が生まれました。企業は決して株主のものではありません。

③企業の起源は、平安時代に百姓(ひゃくのかばね)と呼ばれたように100の仕事をつくりだした農民から、職人が誕生したことにあります。世界一古い企業は日本の金剛組で578年創設です。他に1000年以上の企業は池坊華道会(587年創設)、慶雲館(705年)、古まん(717年)、善吾楼(718年)、田中伊雅(885年)、中村社寺(970年)、一文字屋和舗(1000年)(帝国データーバンク)などがあります。また韓国銀行が2008年5月に公表したところでは「世界で創業200年以上の企業は5,586社〈合計41カ国〉あり、このうち半分以上の3,146社が日本に集中しており、その89.4%が中小企業です」。

潰れないためにはまず自立した企業づくり、その背景として1975年発表の「労使見解」を読み解く
<2>社員が敵だった時代
戦後、経営者が一番苦しんだのが「総資本対総労働」の考えをもった労働組合でした。本当に「血と汗と涙の結晶」から生まれたのが労使見解です。1960、三井三池の大争議がおこるなど、中小企業経営者は、時として激発する労働問題の対応に苦しみました。同友会で集まり1963年総評化学同盟と同友会会員14社が統一労働契約書締結で合意など同友会の先輩は苦しみながら合意を進めました。{大阪に全港湾労働組合がありました、14社全部のちに潰れましたが、総資本対総労働ということで「経営者は敵」だから「社長の言うことは聞くな」が総評の方針。そこから労使見解が生まれるのです。}

<3>経営者の責任(労使見解の一部)
①われわれ中小企業をとりまく情勢や環境は、ますますきびしさを加え、その中で中小企業経営を維持し発展させることは並大抵のことではありません。・・・・

②経営者は「中小企業だから、なにも言わなくても労働者や労働組合はわかってくれるはずだ」という期待や甘えは捨て去らねばなりません。これでは自らの責任を果たしているとはいえないのです。

③経営者である以上、いかに環境が厳しくとも、時代の変化に対応して、経営を維持し発展させる責任があります。

⑤そのためには、われわれ経営者は資金計画、利益計画など長期的にも英知を結集して経営を計画し、経営全般について明確な指針をつくることがなによりも大切です。

⑥新製品、新技術の開発につとめ、幹部を育て、・・・労働者の生活を保障するとともに、高い志気のもとに、労働者の自発性が発揮される状態を企業内に確立する努力が決定的に重要です。

(特別)「違いを認め合う」精神
労使見解には明示されてはいませんが、貫く精神は「違いを認め合う」でした。労使見解から出た結論です。「人の問題」の解決の基本的な考え方になります。(自立型社員、自律型経営者)

<4>理念をもつた自立した企業を求めて
①同友会を創った先輩たちは、生産条件(儲かったら社員の待遇を良くする)の追求でなく、生存条件の追及(まず社員の待遇を良くして、一致して働く条件を作る)を行う=人間尊重の経営追求で労使紛争を乗り越えてきたのです。自立型社員をつくって自立できる企業になろうと努力を続けてきたのです。

②一般に企業は環境に左右され、倒産企業の平均寿命は23.5年から2015年時点24.1年(東京商工リサーチ)ですが、そうした中でなぜ長寿企業が生き残ったのか。老舗企業の虎屋さんは「伝統とは革新の連続である」といっています、そしてこれを支えるのは人の存在に他ならないとの考え方で、人育てに重点おいています。人が育つ一番の理由は「受け継ぎし財産はわが身のものでなく未来の子孫のために引き継ぎものなり」などの「家訓」に表された「理念やミッション」が明確なことです。ぶれずに革新をつづけられる理由が、現代で言う自立的人間をつくる「経営理念」の存在なのです。ここに同友会らしさの原点があるのです。

<5>「自立的」企業
①社員からお客様の経営指針作りを提案 ㈱モリタ(富山)
<1976年設立、従業員32名、理・美容室に商材を販売>「お客様と経営指針を作る会」ができています。もう20数社の経営指針作りをしました。社員が助言者になるのですが、若い社員が美容室の経営者に本音でズバッと言います。「そういう経営をしているから、スタッフが辞めるんですよ」みたいなことを言います。そういうことを言ってくれる社員がいる会社と、きちんと取引をしていきたい」と。逆に「お店を出す時のお手伝いをお願いします」独立する人にも協力しています。こんな厳しい時代の中で取引先が増えたり、「開店する時はモリタで」と、お客様の方から来られます。社員の発案で「サロン変革支援プログラム」を作りました。お客の要望を集めた社員の発案で理美用品小物専門販売店や貸衣装専門店までつくり理美容店をサポート<4204>
<まず自立のために自社商品・サービスを1つは持つこと>

②下請けから自社ブランド企業へ 旭電機化成㈱(大阪)
<1950年設立、従業員150名、プラスチック加工>パートまで企業内グループにわけた40のアメーバー経営を実践しています。阪神大震災後の要望で地震の振動が伝わると音や光がでる懐中電灯の開発から始まった自社ブランド商品がつくれるようにまでなりました。それぞれ受注から納品まで責任をもつというシステムを構築し、つねに何が売れるのか社内全体で追求することが徹底されて新製品が常に生み出されるようになりました。その結果下請け製造企業から生活便利品の開発販売も併設し、小売り販売の会社まで設立して売れ筋情報を把握して、自社ブランドの「スマイルキッズ」というブランドで600点以上の生活便利品を自立型企業として販売できるようになりました。(10年取材)
<財務体質の強化にはまず自立で、その一番は一部でも価格決定権を持つ企業づくりです>

③経営の見える化、いかなる激震にも耐えうる長期財務戦略、拓新産業㈱(福岡)
<1977年設立、従業員75名、建設機材、足場パイプを中心に建設会社向けレンタル会社>もともと不況業種であり、「成長を前提としない」という一つの発想からの財務戦略です。いつもパソコンの中に、P/LとB/S、それからキャッシュフローの過去33年間のデータを入れています。その過去のデータによって将来を予測していくことで、15年先までいつも見ています。今期は前年の30%と売上が落ちていった時に、設備投資や人件費をどのくらいにしたらいいかのシミュレーションを何十通りも出します。過去33年間のデータと予測・シミュレーションした資料をいつでも支店長・役員が来た時には必ず資料を見せながら、銀行にアピールします。経営指針の発表会に銀行を発表会に呼んでいます。頭取には簡単な手紙を添えて十数年前から経営計画書を毎年送っています。また、新しい頭取が就任したら、花束を贈っています。平均残業時間を年間で2時間以内にもしました。<1401>
<内部留保を確保をしようと思えば、財務戦略を持ち、常に数値化を。>

さらに自立を目指す中で1977年に労使見解からの経営指針確立の運動を提唱
4自立から発展した経営指針の取り組み
本来持っている力の強みを活かす、それを見つけるのが経営指針の取り組みです。
<1>強みを生かして創造的に市場をつくる企業
(1-1)本来の強みを生かす 東洋ゼンマイ(株)(富山)
<創業1930年、従業員55名、ゼンマイばねの製造販売>「ゼンマイ式音声ガイド装置」は、立山の室堂などに設置しています。時代は電子機器となり、電池に変わる中で、おもちゃや家電製品の製造は海外になり、国内10社、おもちゃ用はあと1社に。熱処理技術を高め薄くて小さな、それでいて蓄える力の大きいゼンマイを製造しています。ゼンマイだけは同社に注文がきます。おもちゃのゼンマイでは世界市場の約30%、タイムスイッチでは約60%で同社の製品が使用されています。最新の少ない電力でも動く電子機構とドッキングさせたことで家庭電化製品のタイムスイッチやコードを巻き取るコードリール、ロールスクリーン、車のシートベルトなど多分野で活躍。「環境に対してやさしいエネルギー」とどんなところでも電子機器が組み込まれる時代だからこそ、ゼンマイの可能性が。<5509>
<事業環境の変化を見つける取り組み、本来の強みは何ですか?>

経営方針がお客に応えることになっていますか。弱みを強みに変える戦略になっていますか。
<2>弱みを強みに変える創造的な企業
(2-1)10種の卵×最高のレシピで美味しさを提供(株)小林ゴールドエッグ(徳島)
<設立1975年、従業員25名、鶏卵卸業>養鶏場から仕入れる鶏卵卸業。「価格の優等生」が大型店の出店で、生産者から直接消費者へという流通形式ができたことで、同社のあり方と存在価値に変化が訪れます。小さな生産者が多く、かつては品質不ぞろいでクレームになったこともありましたが、社員のもっていく卵の違いを見て気づき、3年半の研究の結果、「最高の飼い方をした最高のたまごでも、合う料理と合わない料理がある」という結論に至り、たまごかけご飯に合う最高のたまごを創り出し、卵かけご飯専門店を広めました。「10種類の卵を使い分ける卵料理10品を提供する専門店」も。(4402)
<パイの縮小や客単価の低下など弱みを、お客に応える方針で変えられるものになっていますか?>

お客の困ったことに応える。これが実は経営計画の実践です。
<3>困ったことに応えて仕事を創る企業
(3-1)環境に優しいことが人にも地域にも優しいに結びつく。新江州㈱(滋賀)
<1948設立、従業員154人、パッケージ製造>40人の営業が滋賀県内を毎日訪問、毎日配達で「何かお役に立つことがあれば」と聞きますと、ほとんどのお客様が「包装資材を減らす提案をしてくれ」と言われました。自ら自社製品の包装材量を半分にしていく削減をお得意先に提案してそれを実践しています。当然その結果として売上げが半分になるのを補うために顧客の困ったことを解決する提案を同時に行い、さらに困ったこと聞くと環境対応製品(高機能フィルム・インジェクション成型品・プラスチック段ボール・各種緩衝材・紙袋・樹脂コア・ストレッチフィルム・化粧箱・ラベル・静電気対策商品各種)群を作り出し、地球環境保全や3R活動を通した資源保護に積極的に取り組んでいます。<1501>
<後継難を言う前に、新しい仕事が創れる企業体質なのかどうか?経営計画を現場で作成必要>

ここまでは個別企業の力でできる。新しい市場は連携してつくる。理念の共有がないとできない
<4>連帯・連携で市場を創る企業
(4-1)地域で理念が共有 ㈱エースと(株)ぶった農産(石川県)
<1921年創業、従業員26名カバン販売><1988年設立、従業員11名、農業>、小売業と農業がネットでの安全・安心の生産物の提供を目的にコラボレートしています。金沢市の中心地で、若者向けのかばん専門店と古着ブティックを9店舗、WEBサイトでは4店舗を経営している企業と日本初の株式会社化した農業生産法人で、減農薬・有機質肥料育ちのお米と自家栽培の野菜を使った漬物などの加工品販売をしています。大手通販サイトで「米米ワールド」として、ぶった農産の有機米をはじめ、お米を調達し販売しています。栽培方法は、無農薬栽培・無農薬無化学肥料栽培・減農薬減化学肥料栽培などです。少人数世帯の需要を狙う1合からの小分けパックというアイデアが出され、1~3合、2~5キロから選べるようにしました。また粒の大きさが規格に合わないなどの理由で自家消費していた米を、「まかない米」というネーミングで思わぬヒットとなっています(しんぶん)
<自社で全てしないで連帯して対応することも必要です、ただし理念の共有がいります>

経営理念の発信が大事、理念の発信から新製品誕生。全ての商品に経営理念を入れていますか?<経営理念は外部発信しないと業況は良くならない>
<5>理念を発信し創造する企業
(5-1)理念の発信が新商品を生む ㈱宮崎本店(三重)
<創業1846年、従業員63名、酒類製造>「当社は酒類・食品の製造販売を通じて社会に貢献できる企業を目指します」の経営理念を600万人の顧客に浸透させるため、宮の雪など全製品に経営理念が入っています。」経営を貫く三つの柱、経営はいったい何のためにしているのか。一つは、お客様にどう満足をいただくかという顧客満足度です。二つ目は経営指針そのまま、うちの会社に勤めている社員の方たちがほんとに仕事も人生も満足して働いていただけるかどうか、社員満足度です。三つ目は、その結果として、社会に貢献できるかということです。経営理念を実践しないといけないと社員が思うようになり、この結果4合ビン5万円の酒、口コミでの金宮焼酎を売ることに成功しています。<4406>
<人材確保に当たって、良い会社イメージを広げる必要、理念を外部発信しないと理解されない>

具体的に経営理念を発信し続けたらどうなるか、売り手も神様の世界に、ファンから信者に
<6>お客をファンから信者に、経営理念発信の企業
(6-1)売れるものを売らない我慢・売れないものを売る信念 (株)京北スーパー(千葉)
<創業1951年、従業員400名うちパート300、総合食料品スーパー8店舗>日本一の激戦地になり、どう生き抜くかの検討をして到達した結論は「食品販売は健康を売ること」であり、お客様に健康になってもらうことが会社の使命として実践しました。生鮮食品は産地に足を運び、安全を確かめ、契約栽培を行い、食品情報は丹念に入手、分析し先手対応しています。BSE、鳥インフルエンザ問題の時にも被害を受けずに済みました。大手スーパーとの対抗手段の1つがチラシを出さないことに徹しています。価格競争ではなく、顧客との信頼関係で固定客を増やすことに努力を傾注しました。店には意見箱があり、回答は店内に貼り出します。その結果固定客が増加し「お客様の意見や苦情は宝の山」として結実しています。「お客様が得をし、そのごほうびが利益」との発想で理念型経営を実践。お客というのではでなくて店の信用に心酔した「信者」が集まる店作りに到達。<4301>
<若い人材確保、一人生涯2億円必要、そのため利益が出る企業、信者づくりまでしていますか?>

<つまり潰れない企業づくりのために、自立型社員をつくる、そのために社員のための経営指針作りをして全社一丸経営を作り出す、労使見解実践企業を生み出していったのです>
521世紀型中小企業
<1>「NOと言わない」企業から、NOといえる「21世紀型中小企業」
①労使見解からの出来る方法を考えてNOといわない企業づくりで、何でも引き受ける企業が生き残りました。それをとことん追求したところに三つの目的からの自立型企業づくりがあったのです。

②さらに経営指針の確立から実践の中で社員の創意や自主性が充分に発揮される質の高い企業づくりから、NOといえる自社の製品・サービスに自信をもった企業づくりにつながっていきました。

③そして「環境の変化に対応できる」企業づくりから「能動的に変化を創り出せる」企業づくりとして「どんな時代でも通用する」企業として、1993年に中同協は21世紀型企業づくりを提唱しました。

第一に、自社の存在意義を改めて問いなおすとともに、社会的使命感に燃えて事業活動を行い、国民と地域社会からの信頼や期待に高い水準で応えられる企業。(←同友会理念)
第二に、社員の創意や自主性が十分に発揮できる社風と理念が確立され、労使が共に育ちあい、高まりあいの意欲に燃え、活力に満ちた豊かな人間集団としての企業。(←改めて労使見解)

<自立型人間(社員)づくりから21世紀型企業を目指し、人を生かす経営へ>
6、人を生かす経営へ
<1>人を生かす経営とは
~人を生かす経営づくりと人が生きられる地域をつくる責任~
①太田先生の「人が生きる」をそのまま理解するのでなく、「企業家」として理解する。「人が生きられる」ための条件をつくる(動物と違って人間は1人では生きられない、群れをつくって働く場所がないと生きられない)ために「人を生かす」という経営体をまずつくる=企業をつくることが経営者の責任です。地域では7~8割が中小企業で働いていることから言えば、社員と社員の家族を守ることと地域を守ることはイコールです。ですから「人を生かす」経営の追求が=「人が生きる」つまり「人が生きられる」地域をつくることとして憲章・条例運動で明確な時代に

②<参考>太田先生の生物の本質から同友会理念との対比
生物の本質 → みんな違う      自ら変わる      関係で生きる(自己中も他者依存)
労使見解  → 違いを認め合う    1人1人を尊重する  あてにしあてにされる(パートナー)
自主民主連帯→ 自主(個人の可能性) 民主(相互尊重)  連帯(理念の共有から)

<2>人間尊重のイキイキした社風づくり。(人づくりが企業)
ではどうすれば21世紀型企業をつくれるのか?<「労使見解」の精神を生かした経営指針の実践により、人が育ち、活力が増し、継続的な安定性を確保し発展していきます。>

①㈱文化堂(東京の食品スーパー)、しばらく小中学の中途退学生しか採用できず、その社員の中に正確にレジを打つことが難しい人たち、本人たちは落ちこぼれ意識を持っていました。そこで毎日、その人たちが必ず100点がとれるテストを行ったのです。事前に先輩社員から一人一人の出来る段階を聴きとって、レベルの違うテストを徐々に段階を上げて行きました。そして毎日テストの結果を“120点”分ほめたそうです。これを2年間繰り返すうちに、次第にその社員に自信が芽生えてきました。それだけでなくお客のとっさの難しい注文にも応えることができるようになったのです。(しんぶん)

②2012年、大阪市立大学研究員の三浦氏が大東市で「同僚とのチームワークを感じている人ほど職場での働きがいを感じ、他社従業員との交流があるほど働きがいを感じている。また自社の経営計画を知っている人ほど職場での働きがいを感じているという結果」(年報17号)。2013年、労働政策研究・研修機構が、リーマンショック以降の業績悪化による経営危機の克服状況についての設問では、「完全に克服した」は「社員をもっとも信頼のできるパートナーとする会員企業」が多く、「経営危機が悪化」「まだ克服していない」は「非会員企業」が多いという結果で実証(年報18号)。

③常に先を考えて手を打っていく ㈱ヒロハマ(千葉)
<創業1947年、従業員135名、缶パーツ製造>缶のふたを作っており、広範囲なユーザーに使われている関係で日本経済の生産動向と連動しています。経営指針を作って12年でシェアトップ企業になりました。その経営戦略を振り返ると「品質向上・安定供給・コストダウン・新製品開発・技術サービス・提案営業」の六つです。現場の社員さんが商売先の工場が売っているさらに先の現場の職人が使いやすいものを聞きだしてきて、液体を扱う企業の為の新たな開発を最終使用者の便利なものにして支持を得ています。しかし業界全体でみると毎年1.5%ずつ減少している業界ですので50年先対応にためインドにも拠点を設けています、日本人向けの貸事務所や食事つきアパートなどが仕事になっていて、将来のインド市場の開拓に備えています。今後の協力企業廃業対応も準備をしています。そのために、企業でも自主・民主・連帯を追求しています。<1401>
<自立型人間づくりの経営計画、共同求人で採用の社員が5割以上にする方針が必要>

(1-1)技術継承心配から新卒採用で先輩が後輩教えるシステムで成長、トマル電気工業(株)(埼玉)<1204>
(1-2)毎年新卒採用、いる・いらないでなく、現社員の教育、売上の1%教育費、サンコー印刷(岡山)<3302>
(1-3)おもてなしの心をどうぞとおしぼり機械を世界に売る タイジ(株)(神奈川)<4303>
(1-4)お客が建てた自宅の自慢をする最高のセールスマンに (株)中川工業(大阪)<08取材>
(1-5)作業も手伝うレンタルトラックで荷物とハートを運ぶ ㈱ハーツ(東京)<4208>

<3>共に育つ企業
<共に育つ実践、企業が成長するには「先輩社員が後輩を教えるシステム」をつくることです。>

①旭コムテク㈱(大阪)で新人教育を2つのグループで実験、後輩の教育に熱心な部門は「売上は低いが利益率が高い」、反対に売り込みを追求する部門は「売り上げが高いが利益率が低い」という結果になったのです。その理由はどこにあるかと言うと、先輩が後輩にどれだけこの仕事が顧客にとって大事かを教えるからでした。相手の気持ちにたって仕事をすることの大切さを教えられた後輩は自ずとリピート率が高まり、利益率が上がってくるのです。」(1990年検証)

②2013年立教大学の山中伸彦先生の企業変革プログラム分析で「経営理念を実践する力が強いほど市場顧客対応でき、人を生かす経営の実践が強いほど付加価値を高める」関係を確認。(年報18号)さらに就業規則を定期的に見直している企業のほうが黒字企業になります。さらに東日本大震災2年後の被災地3県の調査でも、直後の経営には金融機関や取引企業支援や雇用調整助成金や国や県の支援が役立ちましたが、その後の売上げで見れば経営指針の存在が断トツです。

<4>時代認識に応えられる共に育つ企業
<大量から個人へ>
①釦という部品からファッション創造企業へ 小西釦工業㈱(大阪)
<1957年創業、従業員15名、釦の製造>長びく繊維不況と空洞化(繊維輸入比率が77%以上)で売上げが激減し、地場のボタン製造業100社が5社にまで減少。注文を待っていては生き残れない中で、社員さんがパリコレクション等に自ら参加し、服でなく付属品に注目し、世界のトップブランドの企画デザインを素早くキャッチして、それに合ったボタンなどの付属品を一目でイメージできるように、写真とサンプルを組み合わせたサンプルカードを作成。これを武器に徹底して企画提案し、本業の釦そのものに付加価値がつき、ファッションの一部として採用されはじめます、自ら量産を追わないでアパレルメーカーが欲しいと思うものをまず先に作って提案できるようになります。メーカーでなくデザイナーに有料販売、1冊1500円で1万冊以上売れる、純益を上げてしかもボタンの注文もはいる、安売りの世界から脱却、使わないと流行におくれるなどのファッション創造企業へ。(08年取材)
<人材育成は現場から、流行を読み取る力を社員が身につけられるようにしていますか?>

(2-1)一人に多く売る方法を生かし地元のいいものを発信する ㈱とち亀物産・㈱BUNZA(和歌山)<4104>
(2-2)整備から顧客本位のランナー車検、カーライフの総合ステーション立山自動車工業(有)(福岡)<2406>
(2-3)ネット通販で1人1人用の祈願のお守りつくる ㈱三葉商事(京都)<5101>
(2-4)1室1人の対応、古いビル再生で豊かさと文化再生 吉原住宅(有)(福岡)<4401>
(2-5)おもてなしの心をどうぞとおしぼり機械を世界に売る タイジ(株)(神奈川)<4303>

<モノからコトへ>
②社員が自らの体験を売る 摂陽観光(大阪)
<1960年創業、従業員6名、旅行業>地域に特化した旅行会社として、社長も社員ともども自分で旅行した体験をそのままブログやホームページで毎日提供し、体験を売る旅行会社になっています。パック旅行でない良さを生かして自分だけのプランを組み立てられる受注型の旅行を地域の人のために創り出しています。地域の要望に答え地域ならではの「手が届く範囲」でのサービスを徹底しています、さらにFMチャオの活用などで旅番組でなく旅行の楽しさを体験談として伝え、50キロ範囲の地域の人たちへの情報発信に徹しています。(08年取材)
<人育ては現場であり、まかせるのでなく社員ができる方法を経営者・幹部が示していますか?>

(3-1)大量機械なのに少部数つくる「脱印刷」の少子化対応へ事業変革、(株)三恵社 (愛知)<4307>
(3-2)高齢者にも若者にも想いでを小さな「ルーツカプセル」に貼り付ける(有)イトマサ (大阪)<しんぶん>
(3-3)波佐見焼きを実際に見て・触れて・触ってもらいたい青山直営店 白山陶器㈱(長崎)<4105>
(3-4)直前までの映像写しエンディングビデオで感動を与える ㈱エム・ビデオプロダクション(石川)<4308>
(3-5)社会保険労務士は事後処理業、業務改善ソフトで予防専門のドクター (有)総務総合研究所(鹿児島)<08N>

<環境に優しい>
③「健康と環境」というテーマで商品づくり 服部製紙㈱(愛媛)
<1914年創業、従業員120名、紙製品製造>ダイオキシンが問題になったときには、塩素を使わない無漂白のてんぷら敷き紙を開発。地球温暖化を配慮して木材の伐採を少しでも減らせるように、草を原料にした非木材紙、バガスや綿なども使っています。食器を洗う前に粗拭きするための「キッチンかたづけペーパー」、廃油を下水に流さないための「かたづけポイ」などを開発。製品づくりの基本が環境問題です、家庭排水をなんとかしたいと社員の使命感が生まれています。「健康と環境」というテーマで重曹電解水を使って台所商品を開発していきました。はじめはトイレクリーナーから始まり、人に優しい商品ができて現在キッチン周りでは大手企業を抜いたよと言われるぐらいになりました。社員の意識も変わり地域のために川の清掃やまず周りの清掃から始まりDO・ECO委員会が、若手社員が社内でフリー・マーケットをはじめました。その社員が今では床ずれ老人をなくせる商品を創っています。<1502>
<同友会に学んで新委員会をつくり、若い人を委員長にする委員会を会社内に多く作っていますか?>

(4-1)エコ検定全社員合格!合同勉強会で社員の自主性発揮 ㈱中部空調サービス(岐阜)3109
(4-2)保冷倉庫の間仕切りに使う「断熱シートシャッター」を連携で開発㈱北信帆布(長野)<5105>
(4-3)新畳制作からリフォーム、残留農薬ゼロのエコ畳表そしてリサイクル工場 東京:㈱キツタカ<4101>
(4-4)廃棄物は資源・原料とオーダーメードで処理再生プラントの製作・販売(株)リサイクル(大阪)
(4-5)鈑金塗装経験を生かし電動2輪のオーダーメード受注企業(株)エーシースペースタムラ(京都市)

<5>そして障害者に優しく、人に優しい企業
<さらに弱者に優しくすべての人に優しい企業づくりの推進が求められます。>

①人に仕事を合わせて創る時代、一人一人を大切にすることの対応を生み出す㈲思風都(京都)
<1997年設立、従業員10名、レストラン>障害者雇用から人に優しいことが地域で支持されるレストラン「障害者の働く場としてレストランをつくると1人1人に優しい対応で健常者も元気になり、本店のレストランではアトピーの人でも対応できる自然食で人が喜ぶ食事をだしています、さらに娘さんがペットの店を併設するとペットと一緒に安全な食事をとれると予約取れないぐらいに」<2403>
<PDCAを回そうと思えば、障害者雇用をすればすぐにコツがわかる。できない人にできるようになってもらうように社内の全ての人が取り組むことになります。障害者を雇用しようとしていますか?>

②仕事を1000に分解したら障害者雇用もでき効率もあがる タイヨー機械㈱ (愛知)
<1970年設立、従業員75名、自動車部品製造>障害者雇用のきっかけは人出不足でした。養護学校から一名の実習を受け入れました。部品を並べる作業は、製品ごとにトレイを変え、上下の向きを示すなど、指示が明確であれば十分できることがわかりました。海外での現地生産が進み事務用機器部品の仕事が減少してきた時、これまで障害のある社員たちのおかげでやってこられたのに、もう仕事はありませんと言うのは経営者の倫理に反します。「できる」ことを前提に、なんとか仕事を作り出すよう知恵を絞りました。セル生産方式による多能工化が時流の中、逆行して単能工化を進めました。一人が五つの工程で部品を作り上げる作業を、一人一つずつの工程を五人が行うように組み、出来高を確保しました。作業を単純化することで一つの作業に集中し、より力が発揮できるようにもなりました。向いている仕事を探し出し、能力を引き出しました。(17回障全交)
<常に、どうすればできるのかを考えられる経営者になっていますか?>

③過疎地の高齢化はお困りの仕事がいっぱい ㈱小坂田建設(岡山)
<1977年設立、従業員10名、生活支援業>足元を見直してみると、町内約2,500戸のうち約100戸程度しか仕事をしていないので2009年から、ご近所にチラシを配り始めました。高齢化はマイナスとして捉えていたが、実際に高齢者の声は「スロープや手すりをつけてほしい」「腰が痛いので草むしりをしてほしい」「お墓や雨どいを代わりに掃除してほしい」「田んぼの農道を広げてほしい」など、生活に密着した多様なニーズ。過疎化もマイナスだと思っていたが、「住まなくなった家を解体してほしい」「田んぼや畑を代わりに使ってほしい」などのニーズ。業者の空洞化により「墓石が倒れたので直してほしい」「害獣対策の柵を作ってほしい」といった中山間地域ならではのニーズも。案外何もないと思った地域にたくさんのニーズが埋もれていました。建設業の枠にとらわれずに対応し、自社だけでできないものは、異業種間のネットワークを使って解決し、チラシで知らせまた仕事をいただく。地域のお困りごと自体がニーズです。地域を守ることこそが自社の存在意義にほかならない。(92号)
<・・・業といっているようでは仕事は減る、業種でなく領域を広めれば仕事はいくらでもある>

④高齢者に優しい1足単位でつくる 徳武産業(株)(香川)
<1966年設立、従業員59名、スリッパ、シューズ製造>高齢者用ケアシューズで市場創造。老人ホームの園長から「園内での転倒事故の原因は靴にありそう、はれやむくみのため左右の足のサイズが違ってしまい、2足買わなければならない悩みがある」と相談。さっそく病院や老人ホームなどを回って聞いてみると、確かに靴についてのお年寄りのニーズが強い。別々必要と地味なのでもっとカラフルなものがほしいなど。もっとも靴の専門家からは、左右別々の靴など作っていたら会社はつぶれると反対されたそうです。こうして95年に高齢者用ケアシューズの発売にこぎつけました。全国の老人ホーム8000施設に2年かけて電話を入れました。驚くほどの反応、500の施設に直接売ることができた。「もう自分は靴は履けないとあきらめていた」「靴が履けるようになったおかげで職場に復帰できた」など、高齢者からの喜びの声がたくさん届く。「特注」も月50~60件ほど、半身不随の方のためにベルトの位置を変えるなど、1足ごとの対応で感謝される企業に。<5204>
<高付加価値化は感謝される企業、生産性を上げるのがいい企業ではない時代です>

(5-1)地域に生きる高齢者のために少量うる小売店つくる テキサス・ウエスタングループ (北海道)<82号>
(5-2)シングルマザー就労支援で古民家活かした飲食店が内装と結びつく新たな事業を創出 ㈱山創(大阪)
(5-3)全員定年退職者で高齢者や女性でも楽に運べる機械つくる企業  (有)サン・テクニカル(静岡)機関紙
(5-4)授産施設や生活ホームも自腹で創り、共に生き共に働く ㈱河合製作所(滋賀)<3305>
(5-5)全ての生活保護の人の就職を受け入れ、自宅作れるまでに、人不足ない企業、総合パトロール㈱(千葉)
(5-6)障害者・高齢者の夢を実現~旅で取り戻す自信と勇気(株)昭和観光社(広島)<しんぶん>
(5-7)障害者と一緒につくった会社、個性を発揮し、なくてはならない存在 (有)奥進システム(大阪)<3204>
(5-8)GSが障害者も働ける企業へ、しいたけ栽培からバイオマスまで ㈱石橋(和歌山)<2301>
(5-9)ホームレスの人を責任者に、障害を持った人に合わせて仕事をつくる (有)ヨシダ精工(熊本)<3304>

人を生かす経営の企業を地域に多くつくれば連帯して(仕事と雇用を創る)地域を担う企業へ
7三つの目的の総合実践=同友会型企業
<同友会運動の到達点を一言で、「自立した潰れない企業つくる模索⇒全社一丸のため社員のための経営指針づくり⇒労使見解の実践をめざす⇒人を生かす経営を企業で実践⇒地域を良くする三つの目的の総合実践」が社員をパートナーとする同友会型企業づくりの到達点>

<1>地域を担っているのが中小企業
①地域に根ざした物づくりはアナログ対応の中小企業に適した分野であり、大量生産は機械で出来るが、付加価値を創り出すのは「人」です。今アナログ復活の動きです、レコード復活ライブが上回る、それぞれの地域で、暮らしを守るためにそこに仕事を作り出すことが中小企業の使命であり、条例を作って仕事をつくりやすくする。さらにそれらを保証する考え方が中小企業憲章です。

②東日本大震災時、店を開けるだけで感謝された(株)キクチ(福島)
食品スーパー「フレスコキクチ」、物流センターが津波で大破、8店舗は幸いにも店内ではお客様・従業員にケガ人もなく、翌日から新地店を除き8店舗で店長の自主判断で店頭販売(久居店では避難所に配布)に臨んだが、福島原発事故の深刻化が分かった14日には、午前中で南相馬市内の4店舗を閉鎖。15~31日にかけては、南相馬市、相馬市、新地町の住民に対し営業しているのが地域で唯一、相馬本店1店舗のみということもあり、お客様の不安から店内のほとんどの商品が消えました。徹夜で並ぶ人を含め、開店時間には、230坪の店に1200名も並んだ日もありました。25日より、屋内退避の南相馬市の人のために相馬店にバス3往復、3月30日からは、原発から30キロ圏外ということで鹿島店を再開、同時にバスの周回コースを変更し、30キロ圏内に残って生活されているお客様の無料送迎を始めました。多くの会員企業に支えられ、地域のためにライフラインの確保を続けました。(しんぶん)
 <地域で言えば中小企業はインフラなのです>

(6-1)買い物難民のために店作る、お客が待ち焦がれる企業 (株)デイ・リンク (広島)<しんぶん>
(6-2)地域を守るための加工から、今働く場の企業づくり 高田ドライビングスクール(岩手)<91号>
(6-3)地域の未利用資源のゴミになっていたのを加工再生 (株)パイオニアジャパン(北海道)<しんぶん>
(6-4)地域を豊かにすること・地域貢献が社員の仕事として実践:千葉県:大里綜合管理㈱<75号>
(6-5)北国の雪道を守る技術、消雪装置の遠隔監視システムを開発し消雪作業の節水・節電を実現(株)ナリキ(富山)

<2>地域に仕事と雇用をつくるのが中小企業
①{北海道の帯広では「北の大地に人を残す運動」が取り組まれています、子どもたちの父母や教員、教育委員会等と手を携えて2000年に地域教育協議会を結成。父母や教員も地元企業にインターンシップをするのが何よりの特徴です。共通認識になっていることが「一番大きい農業でも働く場としては弱い、若い力を地域で残すこと=地域で子供の働く場をつくること」であり、「若い力を地域で残すこと=地域で子どもの働く場をつくること」を進めました。
<「北の大地に人を残す運動」のスローガンは三つの目的の総合実践を一言で表現>

②地域の買い物難民のために少量うる99円店つくる テキサス・ウエスタングループ (北海道)
<1984年設立、従業員300人和洋食のバイキング、焼き肉レストラン16店舗と食品小売り32店舗>店舗から出る生ごみを資源として有効活用し、農業生産まで手掛ける循環型のシステムを完成しました。平成15年有限会社・農業生産法人を設立し2haの農場を借りて、グループのリサイクル拠点として堆肥活用と農産物提供をはじめました。狂牛病で2年半大変な中で全て企業からゴミを出さない取り組みを進めたのでした。経常利益の10%をゴミを出さない取り組みの費用にしています。<高齢者が生きられる地域をつくる>仕入れのために小売業参入しましたが、現在は地域のバーゲンハンターになりきれないお年寄りのために99円ショップの店づくりをしています。安売りではなくて、例えばキャベツ半分とにんじん半分とジャガイモ半分で一人用にして、高齢者に必要な少量を提供する店舗として、地域で生きる支援店づくりに取り組んでいます。(2009年全研)

<3>今後企業としてなすべきことをまとめると
①理念に基づく経営を創っておく。「地域に貢献する」と入っている理念多いが実際に何するのか明確にする。被災地で明確になったように、店長が自主判断で店あける、駐車場で販売する、津波で漬かった商品は避難所に届ける。最大は経営者3日間帰ってこられない中で、自主判断でお客の要望に応えて店を開け続けることができるように、経営理念に基づく行動を日ごろから取れるようにしておくことです。(特殊なのは、一の関の蔵ホテル、幹部とやらないことを決めた理念で一致、被災地支援。また三重の佐野鉄鋼や長崎の九州教具のように社員不満足アンケートから実現目指す幹部が生まれる)

②滋賀県地域経済で言えば製造業が域外から稼いでいる額が22128億円と唯一プラスで建設と公務の0除けば全て地域外に流出しています。商業6830億円、電気・ガス・水道で5469億円、サービス業3638億円、運輸通信2740億円、農林水産163億円、鉱業176億円、金融保険269億円、不動産254億円(産業連関表の業際分析から経産省)。この8分野で県外から買っているものを自分たちで作り出すことから始めることです。具体的に言えば、輸入・移入置換すること、つまり県外から買っているものの代替品をつくり、さらにそれに付加価値をつけて県外に売るようにすること。それが日本が輸入している代替品になり、さらに日本からの輸出にもつながっていきます。(ジェイン・ジェイコブスの発展する地域・衰退する地域)

③「自消・自産」を進めみんなでまず地域でお金を循環させること(宮崎の口蹄疫後の対応のための分析では都農町の生産額544億円で畜産49.8億円、農業47.8億円と農業県なのに肥料や飼料や農業機械を全部県外からかっている事実と、飲食177.1億円もあるのに地元材使用が36.8%なのを46.8%に10%上げるだけで移入額が5.4億円が減少し、町内生産額が8.7億円増えると分析提案)と。そして「自消・自産」として自社で使うものはできるだけ自社で作る、エネルギーから食料まで。その上で、他にないという意味で地域資源に付加価値つけて、作り出した代替品に付加価値をつけて地域外からお金を稼ぐ企業をつくることです。地域資源を見つけるには外国人の見方参考に<沖縄県PRは青い海だが、海外での沖縄検索1位はダイエット、2位は琉球カラテ>(66表)

④四万十川ブランドでゴミになる流域の素材を生かしたオリジナル商品 ㈱四万十ドラマ(高知)
<1994年設立、従業員20名、物品販売>地域の資源調査から始め産業育成と地域のネットワークの2つの柱で四万十ドラマをつくる。湯船に浮かべるだけで桧の香りが漂う「四万十ひのき風呂」、製材所から出る端材に桧の油を染み込ませたもので、約50万枚販売1億円の売り上げ。「かおり米十和錦」は、小分けにしてデザインを変え、「いつものお米に混ぜるだけ」というコピーで「80グラム200円」という日本一高いお米の販売に成功。四万十流域の茶葉だけを使った「しまんと緑茶」「しまんとほうじ茶」をペットボトル飲料として県内外で年間35万本を売り上げるヒット商品、地元での雇用の確保にも貢献しています。「四万十川新聞バッグ」は古新聞を使った環境保全型の手提げ袋。ニューヨークの美術館でも販売。四万十川を共有財産に足元の豊かさや生き方を考えるネットワークを構築することで地元住民と協力して開発したオリジナル商品は実に30品目を超えます。<5215>

(7-1)厄介な硬いオノオレカンバの木を手作りで楽器に (有)プラム工芸(岩手)<4110>
(7-2)地元の花(榊)を復活させ「物語」という付加価値をつける (株)花とも(石川)<しんぶん>
(7-3)得意先に貢献が理念実践、大豆を加工して地域ブランド品提供 大阪:中井産業㈱<5306>
(7-4)埼玉知る会から紅赤金時の焼酎を地元店に、川越蔵サイダーまで ㈱アライ(埼玉)<4404>
(7-5)地元の紅芋を観光土産にブランド化し広める 沖縄:お菓子のポルシェ <78号>

⑤地域で売れるものが違うのを人口ピラミッド作れば解ります、新宿でも高齢化地帯、そして京都のように加工の力と文化・地域の力を使って地域資源に付加価値をつけることが求められているのです。(そのものだけでは低価値のままです)このために改めて経営指針の見直しを、変えていいもの(方針・戦略・計画・組織)と何やさんですか(生きるを支援する業、生活支援業、終末支援業)、変えていけないもの(理念です、何のために働くのか、誰のための企業なのか)を明確にした経営指針に基づく経営をする企業をつくってください。

⑥まとめてみれば、今原因をつくる。自社の暦年の売上高対比費用検討を行い財務体質の改善をはかり、黒字体質企業にして、自立型企業にまずはしていく。さらに自社の業種を広げて考え、地域に役立つことを仕事に結びつけた岡山の㈱小坂田建設の「生活支援業」としての取り組みが典型ですが中小企業にしかできない仕事づくりでもあります。「私たちは地域密着業」の㈱どうしん厚別販売センター(北海道)や「住生活の全てをサポート業」の三宅産業㈱(香川)など、(経団連でも2025年は生活サービス産業の時代と)従来の業種の枠でない取り組みが求められます。

<4>同友会としてなすべきことは
①支部は、自立的企業づくりを学びあう場=自主。「経営の現状の問題の悩みを解決したい、経営者特有の悩み」に応えられる組織。例会テーマは景況調査の経営上の問題点の解決のヒントが得られる支部方針をつくることです。「情勢認識」が学べる機会と「時代認識」で人口減少・高齢化に対応できる報告の例会をつくることです。(人を生かす自立的企業づくり)

②委員会は、共に育つ人づくり=民主。「支部ででた課題やヒントについての、解決と同時に前向きの悩みの解決」に応えられる組織。研究テーマは景況調査の経営上の力点の解決に応える委員会での方針にしていく。そして「組織認識」できる企業分析、強み弱みを明確にできる経営指針づくり、「歴史認識(原因づくり)」として新事業として1つでも価格決定権追求できる方向を示す。(人が生きる「新しい仕事をつくる」か「付加価値を高める」企業づくりの推進です。)

③県では、支部と委員会を連携=連帯。同時に、足らずを補い(たとえば部会の役割です:富山の新事業を創る会、岩手エネルギーシフト研究会)。さらに全国から学べるようにし(例えば、秋田同友会は学べる仕組みを全国行事前日に企業見学、チェックする仕組みを愛知同友会は報告会、京都同友会は理事会へのレポート義務化)、市場を創る、地域を創るために地域づくり、条例づくりで人を生かす経営の企業を地域に多くつくれば連帯して仕事と雇用を創る地域を担う企業群を作り出す。(地域に人を残す運動へ)

<5>滋賀での企業づくりの展望
①農産品の名物にまず忍者ブランドつける、「近江忍者牛」、「近江忍者米」、「江州忍者米」、「近江忍者茶」、「政所忍者茶」、「朝宮忍者茶」、「忍者鮒寿司」、「忍者鮒の子まぶし」、「忍子持鯉の煮付者」、「忍者小鮎」、「忍者ホンモロコ」、「忍者鮎巻」、「忍者えび豆」、「忍者ビワマス」、「忍者セタシジミ」、「忍者鯖ずし」、「忍者鴨鍋」、「忍者赤こんにゃく」、「忍者日野菜」、「忍者赤カブ漬け」、「忍者かんぴょう」、「忍者焼鯖素麺」、「忍者ちゃんぽん」、「忍者糸切餅」、「忍者丁稚羊羹」、「忍者うばがもち」をつくる。これらをそのままでなく、置き薬の産地であったことも付け加えて加工し、組み合わせて「食べると健康」になれる「見て楽しい、食べておどろく」が味わえる食事や食品づくりを開発する。
②さらに新黄金ブランドをほどこしたものをつくる。黄金神社に奉納し、近江の「黄金牛」、「黄金米」、「黄金茶」、「黄金寿司」、「黄金鮒の子」、「黄金小鮎」、「黄金モロコ」、「黄金鮎巻」、「黄金豆」、「黄金ビワマス」、「黄金シジミ」、「黄金牛鯖ずし」、「黄金鴨鍋」」、「黄金こんにゃく」、「黄金日野菜」、「黄金カブ漬け」、「黄金かんぴょう」、「黄金焼鯖素麺」、「黄金ちゃんぽん」、「黄金餅」、「黄金羊羹」、「黄金うばがもち」、「黄金ゆば」などの商品群をつくり、食べると金持ちになるとか、裕福になれるものにし黄金缶詰や黄金ジュースなどに加工していく。(商標は注意)
<参考1:和歌山、㈱早和果樹園が1個10円のみかんが、100%ジュース「味一しぼり」にすると100円、さらに「黄金ジャム」にすると1000円に>

<6>そして地域を担う、なくてはならない企業へ
①フィンランドの教育が成功した背景は一言で言えば、参加して学ぶことです。和歌山の「麦の郷」は障害者の居場所づくりから、クリーニング、コロッケづくり、コーヒーの焙煎から葬儀場まで幅広く地域の人が必要な仕事づくりに挑戦しています。

②仕事を地域に本当に作っているのは誰でしょう。地域に新しい仕事と雇用を作り出すことを担うのは自立的に動く社員をもつ元気な中小企業です。新しい仕事をつくり雇用を生み出すことが地域循環を生み出すのです。自分の企業を良くする、強くして雇用すること(帯広の柳月さん毎年50人雇用<3301>)、それが地域をよくすることになります。だから同友会の三つの目的を総合実践するのが現在の同友会運動です。憲章・条例運動は経営環境をよくすることだけでなく、三つの目的の総合実践の企業づくりそのものとして全国で取り組んでいるのです。

③障全交開催の意義でもある、労使見解を実践できる時代になりました。どうしたらその人ができるようになるのか考えられる経営者として、障害者はじめ社会の弱者の方々に働く喜びを実感して人間らしく生きる社会をつくることを追求することが現在は同友会でしか体感できません。全国の進んだ経験を滋賀の多くの会員に学んでいただき、滋賀県の経験も全国に広げ、地域に新しい仕事と雇用をつくり、地域の可能性を中小企業家の誇りにかけて広げてください。

④少子高齢化時代は生産性をあげる目標ではなく、付加価値を上げることが求められます。その時に他にないという意味で「地域資源に付加価値つける」ことができる企業が求められ、中小企業だから商売敵でも地域では経営理念で連携できるのです。だから人と地域を豊かにする時代は「理念を持った中小企業の時代」になっているのです。自社だけで潰れない企業作りには限度があります、環境を良くしないと自社も悪くなる時代を迎えています。自社だけでない周りを良くすることが潰れない企業づくりの条件になっているのです。それができるのが経営指針をつくり、経営理念を発信している「三つの目的を総合実践できる」企業=「なくてはならない感謝される企業」であることが明確になっています。この企業づくりを目指していきましょう。


《第20回障害者問題全国交流会in滋賀 2018年秋に開催します!》
 障がい者を取り巻く諸問題の解決を目指して、企業づくり課題、社員教育課題、地域づくり課題等を柱に学び合います。あなたも同友会で、一緒に学び合い、取組んで行きませんか?

 滋賀県中小企業家同友会の活動にご関心をお持ちの中小企業経営者の方は、お気軽にお問い合わせ下さい。ご案内に上がらせていただきます。(担当:廣瀬)

⇒ホームページ
 http://www.shiga.doyu.jp/
 メール
 jimu@shiga.doyu.jp
 TEL 077(561)5333
 FAX 077(561)5334

障害者問題全国交流会とは・・・
愛媛大会の報告⇒http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20151203-093750

2019年秋 障害者問題全国交流会(障全交)in滋賀 決起集会・懇親会盛況に開催される!

障害者問題全国交流会(障全交)in滋賀 決起集会に47名が参加!

障がい者雇用を考えることは、人を生かす経営の実践そのもの!
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 滋賀県中小企業家同友会の理事会、ユニバーサル委員会、共育委員会、経営労働委員会など人を生かす経営を推進する委員会の主催による2019年秋 障全交in滋賀の成功をめざす決起集会が8月5日(金)15:30~フェリエ南草津5階大会議室で開催され、47名が参加しました。
 報告者には愛媛同友会より北野賢三氏 一般社団法人いきる 代表理事(障全交 実行委員長)正岡尚起氏 上田消防建設株式会社松山店 代表取締役(障全交 副実行委員長)杉本太一氏 特別養護老人ホーム梅本の里 統括施設長(愛媛同友会代表理事)をお招きしました。

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 愛媛からの「理念と実務とイケイケ」の熱いご報告のあと、グループ討論で滋賀同友会の課題を深め合いました。
 その後に会場を移して懇親会を開催しました。
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 以下、ユニバーサル委員長の田井勝実さんよりご報告のお願いを頂きましたので掲載いたします。


 2019年秋開催予定の障害者問題全国交流会in滋賀 決起集会に47名もの方にご参加を頂きありがとうございました。
 今回は前年に障全交を開催された愛媛同友会より、正副実行委員長、と代表理事さんにお越しを頂き、意義・目的を共有させて頂きました。
 この交流会は、障がい者雇用を取り巻く諸問題を考えることから始まりましたが、障がい者を雇用していない企業であっても、社員にとって働き易さや、やりがいを感じる職場づくりは、私たち同友会の目指す『人間尊重経営の実践』そのものです。
 また、障がい者をはじめ、ニート、引きこもり、児童養護施設の子供たち、シングルマザー、出所者など、地域には働き辛さを抱えいる人が大勢おられることを知って頂き、そういった方もイキイキと働ける会社こそが、地域社会から必要とされ、信頼される企業となると考えます。
 まずは、610名余りの滋賀同友会会員企業に関心を持って頂けるように努めてまいります。
 また、ご参加頂きました、理事・支部役員・各委員会の皆様には、障全交の成功に向けた活動に積極的なご協力と意義の拡散をお願い致します。
 本当にありがとう御座います!
 職場見学・体験MAPが滋賀同友会ホームページにアップして頂きました。
 下記URLより滋賀同友会のHPを開き、右上バーナーよりご確認下さい。
 http://www.shiga.doyu.jp/

 職場見学・実習受入れ企業は、当面100社の登録を目標に取り組んでいます。
 実際に実習を取り組むには、いま少し取り組み方を調整しておりますが、先ずは見学と受入れに賛同していただく会員さんの登録を進めていますので、エントリーを、宜しくお願いいたします。

ユニバーサル委員長 田井勝実

2019年秋障害者問題全国交流会IN滋賀を精進に入れてユニバーサル委員会が熱い!

 いま、ユニバーサル委員会が熱い!
 2016年度第1回ユニバーサル委員会が6月9日(木)午前9時~12時まで同友会事務局会議室で行われました。参加メンバーは、会員および就労支援組織のメンバー、特別支援学校の先生など12人。
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 会議では障がい者を初めとした就労困難者の宿場体験マップづくり、2019年秋に滋賀で開催する第20回障害者問題全国交流会(障全交)に向けた準備会と広報活動、作業所とコラボした事業創造について報告と意見交換が行われています。
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 また、大津支部や湖南支部で取り組まれている就労困難者の自立支援に向けた活動の交流も行われています。

 特別支援学校の先生からは、就労の実態や施設見学の情報提供などが行われています。
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 地域の多様な人材を生かし、働くことを通じて社会に貢献する場が中小企業。ご関心をお持ちの方は、是非ユニバーサル委員会へ!
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第2回委員会
と き:2016年7月13日(水)9:15~11:00
ところ:滋賀県中小企業家同友会 事務局
です。

◯滋賀障全交決起集会ご案内 愛媛同友会障全交から学ぶ!
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2015年度 支援の軸を定める連続研修会の最終講が行われました。

最終講報告書

2月12日(金)13:00~17:00、コミュニティセンター野洲にて、滋賀県中小企業家同友会ユニバーサル委員会、ならびに滋賀県社会就労事業振興センター共催 2015年度 支援の軸を定める連続研修会の最終講が開催され、8名が参加しました。
これまでの講義の集大成として、受講生3名から各々の「私の指針書」の発表が行われました。
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指針書は、
1.指針書の作成にあたって
2.私の指針
3.事業(所)の指針
4.私の計画
の4つから構成されています。
1については、これまでの3講の中で検討してきた自らの「支援の軸」への思いを言葉にしていただいています。2では、受講生自身の働く目的を明確にしたうえで、その目的達成のために組織で果たす役割の明示です。3では、自らが働く事業所の目的を整理します。4では、前項の事業所の目的と自らの働く目的を整理し、実行計画として記載します。
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それぞれの受講生がこれまでの講義の内容を何度も見直し、自らが携わる仕事とは何か、支援とは何かを悩み、自らの「支援の軸」について考え抜いた結果としての指針書が提出されました。
講師陣も受講生が作成した指針書について、中身の確認を行うとともにそれぞれが今後の「支援の軸」となり、働く目的を見失わないようにアドバイスを行いました。
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 昨年10月から開始された、本研修も今回をもって終了となりました。今回で4年目に入り、これまでの連続研修会から変更して実施した点もいくつかありました。次年度以降の開催に向けて、本研修がより一層よいものになるよう、受講生からの意見も踏まえて次年度以降も開催していきたいと思います。
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文責:朽木

2015年度 支援の軸を定める連続研修会の第3講「事業所の将来像と自らの事業所でのあり方を検討」

第3講報告書

1月15日(金)13:30~17:00、コミュニティセンター野洲にて、滋賀県中小企業家同友会ユニバーサル委員会、ならびに滋賀県社会就労事業振興センター共催 2015年度 支援の軸を定める連続研修会の第3講が開催されました。今回は、講師陣として6名、受講生3名が参加しました。
今回は、第1講で検討した「私の価値観、私の働きがい」、第2講で検討した「事業所の存在意義、強みと弱み」を改めて振り返りつつ、事業所の将来像と自らの事業所でのあり方を検討しました。検討に当たっては、事業所全体から携わるビジョンを確認し自らが事業所に対して果たす役割を明確にしつつ、事業所にて自らがどのような役割を果たしていくのかが検討されました。
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今回第3講目ということもあり、参加者の中には「事業所が社会の中で果たす役割」を明確にしつつ現時点で自分ができること、今後していかなければならないことを整理・報告した方もおられました。
講師陣からも、「福祉事業は障害のある方に対して支援を行っているように思えるが、社会に支援が充実するにしたがってよりノーマライゼーションからは遠ざかる」といった指摘や、「工賃向上が目的、果たしていきたい役割と考えているが、障害のある方が受け取る工賃が向上した場合、障害のある方はどのようになるのか?」といった意見交換も行われました。
参加者の感想からは、「工賃向上という切り口から『目的と目標、手段』の違いを改めて感じることができました」、「障害のある方の将来を考える際に、事業所と私が果たす役割について、改めて今回までの課題を再度確認したいと思います」といったコメントが見られました。

 次回は2月12日(金)コミュニティセンターやすにて開催されます。最終稿となり、各々が作成した「私の指針所」の発表と内容の検討、決意表明が行われます。


文責:朽木

2015年度 支援の軸を定める連続研修会の第1講が開催されました。

第1講報告書

11月20日(金)13:30~18:30まで、コミュニティセンター野洲にて、滋賀県中小企業家同友会ユニバーサル委員会、ならびに滋賀県社会就労事業振興センター共催 2015年度 支援の軸を定める連続研修会の第1講が開催され8人が参加をしました。
 ここから第4講まで、受講生からの提出課題を基に議論を深めます。
 今回は第1講、受講生3名から提出された最初の課題を基に進めました。
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 課題は、経営指針を創る会 課題シートを福祉関係者向けに再構築したものを使用しています。第1講の主な課題は「『私の価値観』検討シート」と題して「あなたの働く目的はなんですか?」といった点を中心に、自身の仕事と自らの価値観を重ねながらの討論となりました。
 参加者の感想からは、「正解がない中で、自らの価値観と今一度向き合いながらいただいたキーワードを基に自分と向かい合いたいです」、「他の事業所、他の参加者それぞれが違った考え方であり、特に事業所としてどういった方向性を持って仕事をするのか、そこをしっかりと把握することが大切だと思いました。」、「今一度、自分自身の働き方、事業所は何を求められているのか、事業所が目指す方向性、すべてがあって仕事が成り立っており、それらをより深く考えたいと思います」といったコメントが見られました。
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 次回第2講は、同じくコミュニティセンターやすにて第2講課題シートの検討が行われます。

文責:朽木

第18回障害者問題全国交流会 in 愛媛が行われました~人を生かす経営の本質を深める!~

 中小企業家同友会全国協議会が主催し、愛媛同友会が開催担当の第18回障害者問題全国交流会が10月22日(木)13時から翌23日(金)12:15分まで松山全日空ホテルをメイン会場にして開催され全国41の同友会から約630名が参加。都市部以外の開催としては、最大規模での交流会となりました。
 今回のメインテーマは、「共に学び、共に働き、共に暮らす地域を創る!」です。障害者を取り巻く諸問題を切り口に、各同友会で取り組まれている人を生かす経営の学びと会員企業での実践課題を交流し、真摯に学び合い、着実な努力を積み上げ、人が生きる地域づくりへと繋げることを開催の以後として取り組まれました。その成果が630名の参加へと繋がったのだと思います。
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 第1日目の開会式は、福島同友会のサンベンディング福島さんで働く本田知美さんによる「ジュピター」の熱唱でスタート。知的障害を持ちながら仕事と音楽活動に取り組まれる本田さんの歌声に、心を打たれました。
 山本万喜雄氏(愛媛大学名誉教授 聖カタリナ大学教授)の問題提起では、「人間って、いいな、生きていて、良かったなぁ」という思いを伝えるために仕事をしてこられた氏の半世紀を振り返りつつ、「1歳半の小さな子どもでも『これ食べて』では食べたがらない。『どっちが食べたい?』と問うと、選んで食べてくれる。子どもも大人も押しつけられることはイヤ。子どもが主体者です、でも子どもはダダを捏ねます。そのことして、を面倒くさい!ではなくて楽しむことが出来ると、子育ては面白くなります」と子育てを例に出して会社の共育ちに取り組む経営者の姿勢を問い掛けられました。
 さらに、共育ちを面白くするために視点として、人が起こす否定的な現象の中から肯定的なことを見いだす目を持つこと。自分の中にある「これが正しい」という価値観に人をはめ込むことなく、相手の背景を含めて丸ごと捉えることで、その人の可能性に心を寄せる力が必要であることも問い掛けられました。
 「この会社は君たち社員のものだ。だから働く人とその家族を幸せにすることが私の、我が社の使命なんだ」というある社長の言葉を紹介しつつ、一方で「新入社員はクズだ。君たちは会社に利益をもたらさない」と入社式で挨拶をしたあるブラック企業の経営者の存在も指摘しました。
 人を生かす経営の実践に結集する我々が、上記のようなブラック企業を許さない決意と実践、さらに障害者を人為的に生み出す戦争を起こさない、平和と民主主義を守り育むこともまた問われていることを実感しました。
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 第4分科会では「障害者雇用が継続する「鍵」は企業・家庭・支援機閑(者)の連携」をテーマに、阿部修一氏(愛媛大学総務部人事課 環境整備室 室長 愛媛同友会会員)より特別支援学校の教員として、過去30年間の生徒の進路を指導し、その中から障害者が一人の社員として働き続けられる条件を学びました。
 阿部氏は、会社に人を育てる理念があれば、「やめたくないのに、やめずに済んだ」障害者がたくさん居ることを指摘。社長にその思うがあっても、代替わりで息子さんが社長になり、利益と効率化を優先する方針を出したことで矛盾が社員の中に広まり、仲間であるはずの社員が障害のある社員に対してノロマ、はよ働け!と暴力を行う職場に変わってしまった事例を報告されました。 

 この様に、生産性を最優先する事業体では離職が多い反面、人間性を重視するところでは、定着率が高いことが数字で明確に示されました。
 人間性重視とは、障害者も仲間であるという考え方が社員にも広がっており、障害があっても本人に働く意志があり、障害の適性にあった仕事があるならば、有能な社員になり得るという科学に裏打ちされた捉え方です。
 さらに「あいつは○○が出来ない!」ではなく「○○が出来る」というように捉えること。
 5年以上継続雇用されている会社の特徴としては、
1.障害者に配慮している
2.職場に仲間意識がある
3.障害者も必要とされていることを実感し充実している
 ことだとまとめられました。

 このあとの討論では、会社や組織で人が育つためにどのような配慮や仕組みがあるかの経験を交流しました。

 障害の有無にかかわらず、人が生きる企業づくりの原理原則を学んだ分科会でした。

 学びのあとの交流会、滋賀の参加者一同心から交流することが出来ました。
 この連帯の力を、2019年10月予定の第20回障害者問題全国交流会IN滋賀へと綱が手間いりましょう!
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(M・H記)


第18回 障害者問題全国交流会in愛媛 参加報告

滋賀県中小企業家同友会
ユニバーサル委員長 田井 勝実

 10月22日(木)・23日(金)の両日 愛媛県松山市で開催されました表記交流会に参加しましたので報告いたします。
滋賀からは総勢12名で参加致しました。聖カタリナ大学教授 山本万喜雄氏からの問題提起に続き、各分科会(5分科会+特別分科会)に分かれ参加しました。
 次回19回は広島(福山開催)が内定したとの報告がありました。

 全大会の問題提起では、『共に育ち合い、働いて元気になる~同友会運動における障害者雇用を考える~』と題しての報告でした。
私が一番印象に残ったのは、『子供の嫌は、その事が嫌なのではなく押し付けられるのが嫌』『指導とは、相手が自らやってみようと思うための働きかけ』だということです。これは、大人にも言えることだと思います。自社の共育ち活かす視点だと思います。

 第3分科会は、広島同友会(福山支部)の取り組みです。『初めての障害者雇用は、学校と企業の連携から始まった。~「働きたい!」生徒の夢がかなう地域づくり~』と題してパネルディスカッションが行われました。
 広島県の高等支援学校の就職率は、全国ワースト1だったそうです。その改善策として職業コースが開設され、就職を希望する生徒の就業に向けた取り組みが実践されました。この施策の中で、今年度滋賀でも始まった技能検定制度を全国の2例目で取り入れられ、子供たちも親も「私もできる」という思いが形成された。『どうせ無理』から『できる』という思い、生徒も親も内面から変化が芽生えたそうです。
このような背景の中、立ち上がった同友会の障害者委員会の取り組みとして、すでに確立している共同求人活動を障害者に広げようとされ、支援学校との連携が始まりました。最初は経営者が支援学校を参観する『企業参観日』を設け、障害者への認識を高めていかれました。多くの企業経営者は、『この子が障害者?』という感想をもつ経営者が多かったようです。
 次に先生に企業の現状を認識して頂こうと、観光バスで1日4社の見学会を年一回実施され、先生の目で『この仕事ならうちの生徒にできる』というような視点を持ってもらえるようになったそうです。そして企業体験の申し込み。それを受けられた企業の多くが、是非その子を採用したいと思われたそうです。
 その子供たちの中には、『他の企業も体験実習を受けてから決めます』という子もいたそうです。中には、多動の子で一つの仕事が10分程度しか続かず、いろいろ仕事のやり方を変えたが、結局辞めた子がいます。しかし、そこの社長さんは「その子のお陰で会社が本当に良くなったと」言われており、今もその子に復職をオファーされているとのことでした。
 広島もそうですが、障害者の現状を企業経営者にまず知ってもらう。この取り組みを積極的に展開されたことが大きな成果につながっています。
滋賀同友会でも職場体験受入企業情報のWEB公開を目指していますが、まだまだ周知できていません。しっかりと周知し、受入の条件と環境を整備(実習する障害者と企業の現場のサポート体制など)し、まずは知ってもらうことを進めて行きます。
 グループ討論では、広島の能登社長(副代表理事)がおられました。上述の復職をオファーされている方です。また株式会社で就労移行事業されている2社、人材派遣業がおられました。就労移行に取り組まれている方に『利用者の方を自社で採用されますか』と質問したところ、少し答えに窮されていたことが印象的でした。
もう一社の就労移行されている方は、惣菜屋を主体に行っておられます。年月は必要ですが、自社登用を考えておられるとのことでした。
 グループ討論テーマは、『地域の中で身近なつながりをどう作っていきますか』でした。更に口頭説明で、『支援学校を卒業する生徒の就職に当たり』という前提が追加され、非常にハードルの高いテーマが提示されました。
ますは、周知といおうことで滋賀の取り組みを少しでも広げていきたいと思います。

 2日目、内田委員長の行動提起の後、アピール文が採択されました。
この中で障害者だけでなく『就労困難者』という表現がありました。(詳細は別紙参照)
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 今回の交流会に参加し、勉強になったこと、ますます解らなくなったことがあります。
障害者や就労困難者の就労は、実現しないといけない大きな課題であり、そのための研修場所である就労移行事業は大きな役割を担っています。そのため、就労事業をされているところに自社の仕事を発注するのも大きな意義があります。
 しかしながら、その発注単価は決して高くないものが多いと想像します。自社の製品に価格競争力をつけるために製造工場を賃金の安い海外に移転することと同じように、健常者の賃金では利益の出ない仕事を障害者の方にお願いをしているのではないだろうか。もしこんな思いであれば、本当に強い経営と言えるのだろうか。こんな風に書くと、健常者には健常者にしかできない仕事をすべきであり、経営者はその仕事を創る責務があると、言われるに違いありません。実際に仕事を創ることは大変です。例えば『この事務仕事は障害者の方にやって頂きます。貴方は明日から営業です。』と言ったら、その人はきっと辞めるでしょう。いくらあなたは営業に向いていますと言っても、営業経験のない人は、きっと『首』を切りたいのだと判断してしまうのではないでしょうか。
 上述したように、障害者雇用は大切ですが、障害者雇用を目的としたり、経営者の思いだけで走ってしまうと、本質(人間尊重の経営実践)を見誤るのではないかと考えます。
 これが私の今感じている違和感であり、理解しなければならない点だと感じてみます。

以上
ファイル 1507-5.jpg          アピール文

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