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びわ湖かがやきカンパニーvol.68 2017年2月 株式会社 柿木花火工業

びわ湖かがやきカンパニーvol.68 2017年2月

株式会社 柿木花火工業

びわ湖のほとりで「キラ」っと輝く滋賀県中小企業家同友会メンバーの事業所、商品、サービスをご紹介します。

< インタビュアー>取材まとめ:八木真紀(有限会社ウエスト)


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競技大会で入賞した花火や環境に配慮したエコ花火など、花火店として新たな風を吹かせる長浜の株式会社 柿木花火工業。三代目代表取締役社長の柿木博幸さん(滋賀県中小企業家同友会北近江支部会員)にお話を伺いました。(取材/11月30日)

日本人の感性を映し出す花火
 御社の花火と特徴とは。

柿木 一昨年に私が開発した濃い青色発光の花火は、諏訪湖の全国競技大会で3等 長野県知事賞に入賞した作品です。青色の発色自体が難しいばかりでなく、光る時間も長めを実現し、各地の花火大会で好評を得ています。
 日本の花火は、能楽の「序破急」に通じていることがわかります。序は導入の静かな部分、破は中心となり展開される部分、急は終わりすっきりいう演出理論です。打ち上げから終わりまでの数十秒の間にさまざまなドラマが描かれていることは、外国の花火には見られない日本の花火の奥深いところです。花火の種類は、菊、ダリア、牡丹などの花の名前や枝垂れのように光の線が垂れる金冠、銀冠など、花火用語が統一されています。
 昔、戦が盛んだったこの地域では、合戦の際の合図である「狼煙」や鉄砲の火薬技術が変化して花火が町の風習となり、姉川や高時川の沿川では陣屋と呼ばれる花火打上げの司令塔が置かれていました。町ごとに花火を作って競技大会を開いていたほど盛んでしたが、昭和25年の火薬類取締法の施行から急速になくなっていったそうです。

人生のターニングポイント
自らの存在意義を見出す
チャレンジ精神の原動力に

 花火の製造業者は滋賀で1社のみですが、事業を継承されたいきさつとは。

柿木 初代の祖父と二代目の父は花火を仕入れて商売をしており、自社で本格的な花火製造に乗り出したのは三代目の私からになります。スポーツマンだった私は、ボートでの大学推薦がありましたが、それを取り止め大手企業へ入社しました。その会社自体に何の不満もなかったのですが、25歳のとき、自分の人生を改めて見つめなおす出来事に出会いました。自分が今生きていること、花火屋に生まれたことは意味があるのではないかと考えるようになり、自分の進むべき道を確信し、家業を継ぐことに決めました。花火とは、人が笑顔になり、拍手をして喜ぶ仕事
であること、父がたった一度も仕事の愚痴を言わなかったことも後押ししました。20代のうちに技術を習得したいと考え、静岡県の大手花火会社に修業に出ました。師匠は本来なら弟子をとらない方だったのですが、祖父との縁のお蔭で実現しました。修業時代では技術はもとより、本当に多くのことを学ばせていただきました。
 懸命にスポーツに励み苦楽を積んだ経験、最初に入社した大企業での知識、厳しい修業時代に会得したこと。帰郷したときは、すべての経験が自分を支え、「波に乗る」という感覚でスタートを切ることができました。
 設備を整え、花火製造を始めましたが、本業以外の仕事も積極的にお手伝いしています。例えば甲賀忍者に伝わる火薬の調合を頼まれたり、コーヒーの出がらしを微粉末にして火薬に利用する研究をしたり、身近な材料で花火が作れることを小学生に教えるなど、他の花火屋がやらないようなことも、「今の私があるのは、意味がある」という考えのもと、前向きにトライさせてもらっています。

「エコ花火」の自社開発
企業独力を重ね、業界に旋風を

 今後の課題や展望とは。

柿木 中国など外国産の安価な商品との価格競争は、花火業界でも例外ではありません。当社もかなり苦しんだ時期がありました。打開するには、何か特徴を出さなくてはなりません。花火の玉皮は紙で作られ、花火大会終了後には大量の燃えカスが地上に降っています。「ゴミを極力出さない花火を作れないか、それを琵琶湖を有する滋賀から発信できないか」と考え、4年の歳月をかけゴミの排出量を15分の1程に抑える画期的なエコ花火の開発に成功しました。玉皮は魚や鳥が食べても影響がない生分解性のプラスティックに、割火薬は独自の研究から植物の種を使用し、打ち上げと同時に燃え切ってしまうものに。何とか、このエコ花火を広げていけたらと思っています。
 全国各地の花火大会では、参入できる業者がほとんど固定されています。当社は県内唯一の花火製造業者ですが、県内の主要な花火大会でさえ県外の業者が独占し、門戸が閉ざされているのが現状です。
 青色花火のように特徴のある商品、滋賀県産のエコ花火、そして皆さまに感動していただけるような魅力ある花火をつくり、多くの花火大会へ参入していけたら。そして、さらなる雇用も創出し、地元にも貢献できるような企業として残り続けていけたらと思います。

株式会社 柿木花火工業
長浜市本庄町388
TEL/0749-62-3503
http://eco-hanabi.com/

「びわ湖かがやきカンパニー」に掲載希望の会員様は、同友会事務局までご連絡ください。
お申し込み多数の場合は、理事会等で掲載順を決めさせていただきますのでご了承ください。

滋賀県中小企業家同友会事務局(担当 廣瀬)
TEL 077-561-5333

第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて⑧~

ニューデリー初⽇(2 ⽉1 ⽇)の記録
⼤洋産業株式会社
⼩⽥柿喜暢

前⽇の夜遅く(21:40 空港着)にニューデリーに⼊ってからの⼀⽇⽬。
午前中は企業訪問を予定していましたが、ここはインド。予定はあく
まで未定ということで、企業訪問はなくなりました。

前⽇遅かったにも関わらず、メンバーそれぞれが朝早起きして市内散策。そこには、いわゆる⽇本からイメージしていたインドがありました。細い路地、雑然とした雰囲気、普通の道に⽜が歩く様⼦。メンバー皆が、やっとインドに来たという実感が湧いたのではないでしょうか。
朝⾷後、市内視察となり、観光スポットを巡ることになりました。

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⾏った先は、以下の3 スポットです。
①JAMA MASJID/ムガル帝国時代の1658 年にシャー・ジャハーン帝によって建てられた、インド最⼤のモスク

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②Raj Ghat/1948 年1 ⽉30 ⽇、マハトマ・ガンディーがヒンドゥー⾄上主義者に暗殺された後に、荼毘に付された場所

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③India Gate/第1 次世界⼤戦の戦死者を弔うため、1929 年に建てられた⾨。⾼さ42mの⾨柱には、9 万⼈におよぶ戦没者の名前が刻まれている

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途中、メンバーの⼀⼈が地元オートリキシャの運転⼿と上着を交換するというハプニングもありましたが、インドの⾸都ニューデリーの歴史を少しだけ学ぶことが出来ました。

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第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて⑦~

インド視察 コインバトル商工会議所訪問

日 時:2017年1月31日 11:00~12:00
記 (株)松本電機製作所 松本 一志

同友会挨拶: 滋賀県メンバーは600 社 google のインド出身社長もインド人でありIT 技術等どのような形式で仕事をしているか勉強するため訪問しました。

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以下 会議内容

コインバトル市は200 万人都市 企業数5 万 大きい会社は5 万人規模を誇る。
訪問したアパレル工場の社長も商工会議所の副会長を兼務されており大阪の商工会議所にも4 年滞在した経験を持つ。
コインバトルはインド南方の町で大学と工場 ワーカーも多いためインフラとして良い。
1000 年の歴史があり寺院も多い 工場は100 年前からある。
土壌は黒土で農業からスタート、コットンの産地。その後コットンシティとして服飾工場が多くなった。(南インドのマンチェスター)
また黒土のため鋳物産業が栄える。
ポンプとモーターの会社が多くインド国内の50%を生産鋳物の品質も比較的良いので自動車部品工場も多い5 万人は金を使う産業(金細工、ネックレス等) 金は輸入に頼る、油の次に多く輸入日系企業関連としては 森精機とA&W のコラボ、マキノのサービスセンター、がある。
日本企業は20-25 社、三菱、オークマ、マキノ、DENSO、AMADA等
日本製機械、NC が人気。小さい会社でもNC を導入している。
輸出も見据えて品質向上が重要、そのために良い機械を購入スズキ自動車のスピードメータ、鋳物も作っている。
大学は32 校、専門学校もあり。エンジニアも豊富、ターミナル州からも勉強に来る。
安くて評判の良い病院も多い。

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大学卒業後 留学先 アメリカ、イギリス、オーストラリアの順に多い。
医大、エンジニア専門学校も多い。
成りたい職業は 自分で起業40%、 留学20% 残り40%は普通に就職コインバトル市は工場誘致もしている天候は良い。気温25-38 度。 過ごしやすい。 WOOTY というリゾート地も人気ゴルフ場も建築中以下 質疑応答
日本人のイメージ: 品質良い物を作る、綺麗好き、話しやすい、シンプル、マナー良い、省エネや環境対策等 国のために仕事をする。
インドでは省水、エネルギー問題あるため ソーラー発電増加中、 風力もインドで2番目に多い地域訪問した工場が綺麗なので教育されているのか? 大会社では5S など研修あり。
エネルギーは6 ヶ月は風が強く 風力発電効果あり。 原子力発電は必要と感じるコインバトルのイメージは想像したより綺麗、ゴミの分別もされている。親の教育良い。家族と神様が大事という考え。
500 エーカーから借地、進出したい日本の会社を紹介してほしい。
小さな部品、精密加工、家電、LED ランプ工場 等。
日本の商品は少々高くても壊れないから好き。

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所感

ガイドブックにも載っていない南インドの地域ではあるが ニューデリー他 大都会よりも仕事、教育面で優れた環境の都市だと感じた。日本にはもっとPR すべき。


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第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて⑥~

チェンナイポンプ⼯場⾒学

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1⽉31⽇ 9:00〜10:00 チェンナイ市内にあるモーター及びポンプ⼯場「SUGUNAPUMPS & MOTORS」の視察をさせていただきました。
この会社は、1958年に創業し、インド国内向けのモーター、ポンプを製造しています。
モーターは、500台/⽇、従業員はモーター部⾨で300⼈の従業員がいます。
今回は、CEO ラビー・コマールさんに案内していただき、各⼯程の
説明をしていただきました。

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このポンプは、主に農業⽤のポンプで、価格は3.5kWが、⽇本円で約18,000 円だそうです。国内向けなので品質よりも低価格と修理のしやすさがポイントだそうです。
従業員さんの給与は、経験により幅があるようですが、⽇本円で、約7,000(ワーカーさん)〜40,000 円(エンジニアさん)/⽉です。
この写真は、モーターのネジを⼥性が締めているところですが、⼿で締めていました。インパクトレンチや電動ドライバーなどは使⽤していません。作業服ではなくサリーを着て作業をしていました。

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塗装作業をしている⽅も作業を⽌めて挨拶して下さり、みなさんほんと
うに礼儀正しく笑顔で歓迎していただきました。

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記 (株)クローバー 澤⽥友宏

第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて⑤~

マニさんの地元社会への貢献、工場建設にかける思い


1 月30 日(月)、服飾工場を視察した後、私たちは今回のインド視察をコーディネイトしていただいたマニさんのご自宅へ招いていただきました。

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マニさんは学生時から、ひとり親や障害のために苦労しているコインバトルの子どもたちの教育支援をしてきたそうです。
いまでは「S A K U R A T R U S TCoimbatore」を奥様とともに立ち上げ、8 人の子どもさんの学費や教材の支援を行っています。
今回視インドに訪れた私たちも、少しだけですが支援を協力させていただくことになり、マニさんのご自宅で子どもたちへ贈呈式を行いました。
心が暖かくなりました。

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マニさんは、中古の農業機械や産業機械をインドへ輸出する仕事をしています。そこから事業が広がり、日本の大手溶接業とジョイントで、機械部品の加工業を始めることにしたそうです。1 月31 日(火)は早朝からマニさんの工場を見に行きました。まだセメント打ちされた基礎に鉄骨が組まれた状態でしたが、ここで部品を加工し、また輸入した機械の倉庫として事業を展開するそうです。従業員も8 人ほど雇用する予定だとか。小田柿さんはさっそくご持参の水質検査機で水の状態調査。建設現場では床の重量耐久性などについて皆さん物づくり企業の経営者だけに、マニさんへアドバイスをしていました。

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マニさんが故郷、コインバトルの発展にかける思いが伝わってきました。

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第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて④~

SRG APPARELS (P) LTD. 訪問記(1月30日)

 SRG APPARELS (P) LTD. という衣料関連の現地企業を訪問させていただきました。この会社はインドの南部タミル・ナードゥ州 ティルプルのパッドマバシプランという町に立地し、この辺りは繊維、衣料関連の企業が多いところです。

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 この会社は、Prime Tex Group of companies というグループに属している企業の一つですが、このグループの元になった会社は、1989 年に設立され、2007 年にはインドの優良な企業の一つになったそうです。このグループでは紡糸、織物(テキスタイル)、編み物(ニット)から衣類までを生産し、製品を欧米に輸出しているとのことでした。グループでの生産能力は、例えば紡糸では、21,120 個の紡錘を持ち、1日当たり13,000Kgの糸を、あるいはニットでは1日あたり5,000Kg の生産能力を持っているとのことでした。

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 SRG APPARELS (P) LTD.では子供服を生産し、欧米に輸出しています。顧客は英国や米国の有名なブランド約10 社で、製品を見せて頂きましたが、さすがにブランド品であり、品質の良いものでした。
また、雰囲気から感じたのですが、生産に従事している従業員は有能で まじめな人材が多く、この工場が品質の高いものを生産、供給できる1つの要因であるとの印象を受けました。工場の敷地や工場内は、日本の5S のような活動を行なっていませんが、日本の工場のようにとても清浄な環境で、管理の良さを感じることができました。
敷地内に三つの工場があり、従業員は約1,000 人、工場に2,155 台のいろいろなミシンが設置されており、その生産能力は1,375,000Pcs/Month とのことです。

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 生産に従事する労働者の給与は、10$/day ぐらいで、1 年に1 回スタッフ社員は旅行に招待され、工場の労働者に対しては、社内でイベントを開催し、招待しているとのことです。
また、風力や太陽光による発電事業も行っているそうです。ちなみに、参考ですが、この地域の電気代は1KW あたり、家庭用で4.0 ルピー、工場用で6.5 ルピーとのことでした。

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(龍谷大REC 滋賀 筒井記)

第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて③~

日吉インディア(HIYOSHI India Ecological Services Pvt.Ltd.)訪問

大洋産業株式会社 谷口 洋

訪問日:2017 年1 月30 日(月)
説明と案内:M.MAYILSAMY 氏

「測るから始まった」

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 (株)日吉は滋賀県近江八幡市に本社があり、分析・測定、環境保全分屋では滋賀県トップである。
 日吉インディアは2011 年チェンナイに設立され、事業としては、水質検査を主として行っている。現在、従業員は5名 日本との連絡はスカイプで行っている。
 インドに会社を創立するに当たり、滋賀での研修等2年間の研修を行った。
 インドでは検査から始めました 検査しながら、インドにある日本企業のサポートをしていこうと思っている。
 インドの現状としては、水の浄化技術を持ってはいるがあまり必要とされていない水を綺麗にするという法律も無い、ルールも遵守されていない、そもそも水を綺麗にしないといけないという意識もあまりない。
日吉インディアは、現地の会社の排水サンプルを提供して貰い、検査を行い、浄化の手助け及びメンテナンスサービスを手掛けている。
 検査だけ、メンテナンスだけをバラバラの会社で行うと調和が取れず問題が見えてこない。
 日吉はワンストップサービスにすることで、全体の問題が把握でき、問題点の早期発見、対策が可能。
 また、分析、維持管理双方の知識と経験から、効率的なアドバイスが可能。担当者の手間を削減。

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 日常的に適切に対応が可能であり、トータルでコスト削減にもなる。
 現在、検査させてくれる会社はまだ少ないが、徐々に増やしていくよう努力している。 インドに対して社会貢献していく方針である。

質疑応答
Q チェンナイの下水処理はどうなっている?
A チェンナイ市内は国の管理下で処理されている
Q 国として市外は関係ないとしているか?
A 悪く言えば、垂れ流し状態である
Q 単独浄化槽をインドネシアなどは置いているがインドはどうですか?
A コストが高いので置いていない。郊外は個々に浄化しているが、あまり浸透していない。バイオ、バブル、砂、沈下、塩素消毒して出す
Q 日本にはJIS とかJWWA などがあるがインドはどうか?
A インドにはNABL 認証というものがあり、取得するのに1年掛かるが、3月に認証取得予定をしている
Q 水に対して国民の意識はどうか?
A 1年に一度水に関しての展示会がある。セミナーも開催しているが参加者は少ない。国としては考えているが、国民はあまり考えていない。

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Q 日本から水質検査に来ている企業はあるか?
A 日本からは来ていないが、他の国からは数社来ている
Q 分析・検査しているインドの会社はあるか?
A チェンナイだけで50 社ほどある
(タミル・ナードゥ州の人口 7,200 万人 チェンナイ市の人口460 万人)
Q (株)日吉はグッドカンパニーか?
A 5年やっているが、家族主義で日吉ファミリーと言ってよい。
マナーも時間を守る等が非常に良い

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下記URL は2015 年に起きたチェンナイの洪水の記事である。(参考に)
http://www.sjnk-rm.co.jp/publications/pdf/r143.pdf

第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて②~

関空出発、バンコク~南インドのチェンナイへ。えっここはインドなの!?

 2017 年1 月28 日(土)、関西国際空港に集合したのは8 人。11 時発のタイ航空にて一路バンコクへ。
 この日は終日移動です。スワンナプーム国際空港での乗換えまちは約6 時間30 分。その時間を利用し バンコクにて前夜祭です。名古屋から出発の小田柿さんと先発隊の河村さんとそれぞれ落ち合い、河村さんが手際良く予約していただいた人気シーフードレストラン「ソンブーン」へGOです。みなさん機内での昼食がお口に合わなかったのか、料理が出るやいなや言葉少なくかぶりつき。本来は味わいたいところの「プーパッポンカリー(蟹のカレー炒め)」もあっという間になくなりました。

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 食後は近くのバーでブレイク。タクシーにて空港へ戻り、22 時25 分発のタイ航空でチェンナイ(旧名マドラス)へ向かいました。到着は翌日の0 時30 分! 空港でマニさんと落ち合いホッとしたのもつかの間、タクシー乗り合わせでホテルへ。チェックインが済んだのは現地時間で2 時30 分を過ぎた頃。バックパック派の皆さんも荷物を投げ出し、一同ダウン寸前でした。

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 翌1 月29 日(日)は終日チェンナイを散策。思いっきりデコレーションされたバス(インドのドライバーはド派手好き?)10 時にホテルを出発。夜には気がつかなかったのですが、車は多くて渋滞するものの道はかなり整備されていて、ゴミも気になりません。「えっ、ここってインドなの!?」という感じ。マニさんに伺うと、夜も朝もきちんと掃除されているのだそうです。道行くバスの窓は全開というか、窓そのものがはまっていないようでしたが。車は「スズキ」が多く、「スイフト」の新車がかなりの割合で走っていました。

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 立派なビルが建ち並ぶ工業団地を車窓見学し、南下してマハーバリプラムへ。転げそうで転げない岩「クリシュナのバターボール」、世界最大のレリーフと言われる「アルジュナの苦行」、ぶらぶらと人の波に身を任せて「海岸寺院」へ。最後に「マリーナ・ビーチ」を訪れて本日は打ち止め。南国のリゾート地よろしい眺めに、インドへ来たという実感がわかない一同でした。(この感覚は、北インドのデリーについて払拭され、バラナシでは「これぞインド!」を実感します。南と北では別世界!)

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 翌日からは、企業訪問が待っています。気を引き締めて、お腹が緩くならないようにとホテルにて休息いたしました。

第5回アジア視察研修会~インドを訪ねて①~

○第5回アジア視察研修会レポート

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はじめに~
 滋賀県中小企業家同友会・(協)HIP滋賀の海外ビジネス研究会(代表 小林清 近江化成工業社長)は、2017年1月28日(土)出発~2月5日(日)帰国で、第5回アジア視察研修会を開催しました。
新産業創造委員会と(協)HIP滋賀では2012年から海外ビジネス研究会を立ち上げ、メンバー企業の海外展開事例の生きた学習を行い「百聞は一見にしかず」の姿勢で、まずは現地を訪れてみること、そして一般的な視察ツアーでは触れることが出来ない現地の暮らしや人々との交流、経営者との意見交換を通じて、自らの国際感覚を磨くと共に、より広く、高い視点で自社の存在する意義や理念を振り返り、国際社会に貢献する企業づくりを目指してきました。
 これまで中国、ヴェトナム、ミャンマー、カンボジア、モンゴルの地域経済を視察し、毎回レポートを公開すると共に、現地の教育機関との連携(ヴェトナム、ミャンマー)、人材の受け入れ(ヴェトナム、ミャンマー)、龍谷大学理工学部が行うASEANグローバルプログラムの海外インターンシップ推進へ協力するなどの成果を生み出してきました。
 第5 回目の視察となる今年度は、青柳孝幸さん(プロシード社長)を団長に、世界一の成長率となった「インド」に焦点を当て、会員企業の現地法人(日吉インディア)や現地の商工会議所、ローカル企業との交流を行い、世界ビジネスの潮流を現地で学ぶこと。さらに文化や生活環境の違い、生きることに困難を抱える地域や貧富の格差、現地経済の動きを視察し、自立した一人の人間として尊重され、働く場があり、将来設計ができる「人間らしく生きる」ことについて考える機会としました。
 飛行機、列車、ホテルの予約についてはメンバーの河村剛さん(ローカライズ社長)にお骨折りをいただきました。さらに、企画に賛同していただきご同行を快諾していただいた インド コインバトルご出身の RAMASAMY MANIKANDANさん(マニさん、NM トレーディング社長)には、すべての場面において私どもに気を配って頂きました。より感謝を申し上げる次第です。マニさんがいらっしゃらなかったら、インド視察は行えませんでした。重ねてお礼を申し上げます。

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 参加メンバーも、飛行機の遅れ・・、出発駅の間違い・・、ベッドの足らない寝台列車と12時間もの遅れ・・、オートリキシャーで砂埃まみれと命がけの移動・・、重いバゲットを引きながら牛の糞尿を避けての路地移動・・、空港セキュリティーの何とも傲慢な態度・・等々に際して、誰ひとり文句や愚痴、弱音を吐かず、エキサイティングな気持ちで楽しんでおりました。「自主・民主・連帯」の研究会精神があってのことだと考えます。
 皆さん、ありがとうございました。

 Thanks to all of you, I had a wonderful time in India!

《参加者名 順不同 敬称略 名前・会社名・社内役職》
1.河村 剛 (株)ローカライズ 代表取締役
2.筒井長徳 龍谷大学エクステンションセンター コーディネーター
3.青柳孝幸 (株)PRO-SEED 代表取締役
4.小田柿喜暢 大洋産業(株) 代表取締役
5.谷口 洋 大洋産業(株) 取締役
6.前出博幸 前出産業(株) 代表取締役
7.松本和幸 (株)松本電機製作所 代表取締役
8.松崎悦子 (株)EGS 代表取締役
9.澤田友宏 (株)クローバー 代表取締役
10.廣瀬元行 滋賀県中小企業家同友会 専務理事
《ご同行者》
RAMASAMY MANIKANDAN (株)NM トレーディング 代表取締役

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2017年新春例会~地域内経済循環の主たる担い手として地域づくりと企業づくりを具体化しよう!

滋賀県中小企業家同友会2017年度新春例会が行われました。

 2017年1月25日(水)午後1時半から4時50分まで、ホテルニューオウミにて、滋賀県中小企業家同友会2017年新春例会が、二日連続の豪雪というあいにくの天候にもかかわらず会員、ご来賓含め72名の参加で開催されました。
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ご来賓の皆様(順不同)
木村  茂 様 滋賀中央信用金庫 本店営業部長
若林 忠彦 様 滋賀大学 客員教授
熊谷 睦史 様 龍谷大学 龍谷エクステンションセンター 部長
城  智哉 様 龍谷大学 龍谷エクステンションセンター 課員
井阪 尚司 様 滋賀県議会議員
中村才次郎 様 滋賀県議会議員
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 今回講師には、京都大学大学院経済学研究科 教授 岡田知弘氏をお招きし、「中小企業が切り拓く、持続可能な地域経済の未来と展望!」をテーマに講演をして頂きました。

 岡田氏からは主に3つのテーマでのご講演を頂きました。
・大災害の時代に突入した現在、災害復興を考える上での中小企業の重要性
・経済グローバル化による、地域への影響
・地域衰退を防ぎ、地域発展を目指すにあたり、地域の中小企業の役割
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 岡田氏は、大災害時代に入ったといわれる現在、災害後の復興に関して、中小企業の役割がとても重要であることを強調。最近、東日本大震災・熊本地震とマグニチュード6.5を超える大震災が活発に起きており、その被害の影響は今でも続いています。そんな中、大地震による被害から、地域の復興を支えたのは、紛れもなく、その地域に根ざし地域と共存・発展してきた中小企業であるからです。

 東日本大震災の際、岩手同友会会員の八木澤商店の河野さん、福島同友会会員のフレスコキクチの菊地さんなどによる活動が、復興の大きな力になりました。震災後、全国チェーンの大型店は事業再開の目処も立たない状態が続きました。それは、事業再開までの準備や手続きなどに大幅に時間がかかったためで、普段は豊富に食料や日用品を扱っているはずの大型店が震災後すぐに機能しなかったのです。
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 そんな中、住民を救ったのは、震災後いち早く営業を再開した地元の中小企業でした。中小企業が事業決定や活動に取り組むまでのスピードは大企業にはない強みです。その強みが震災後、住民を救い地域を復興させる重要な要素になりました。

 ガソリンを提供する企業。食料、飲料を提供する小売業などがすぐに営業を再開したことにより物資救援という観点で住民を救いました。
また震災後の地域復興を考える際に、その地域の現状や特性をよく知った方達の協力がなければ的外れな復興支援に取り組んでしまう可能性があります。そしてその役割を担えるのは、その地域で生まれ、そこに根付き、発展してきた中小企業事業者だということです。

 以上のことからも、震災後、力を発揮するのは、大企業でも大型量販店でもなく、その地域で根付き共存してきた中小企業、中小企業家であることが言えます。

 実は、震災後の地域復興において中小企業がいかに重要な存在であるかという事実は、既に阪神淡路大震災で証明されていました。

 阪神淡路大震災の10年後に、兵庫県が検証委員会を設けて、復興についての調査を行いました。調査によると14.4兆円もの復興投資があった中で、地元の中小企業へ分配されたのはたったの1割しかありませんでした。しかしながら震災後の中小企業の取り組みなどを調査する中で、中小企業が復興の中核を担っていたという事実が明らかになり、その検証委員会の報告では、復興支援の地域中小企業への分配率をもっと上げていれば、復興はもっと早かっただろうという調査結果を出しています。

 「復興を考える上での中小企業の重要性が明らかになった今、各地で次々と制定されている中小企業振興基本条例を、防災の観点からも制定することが重要」だと岡田氏は重ねて強調しました。

 次に岡田氏は、世界経済の本格的なグローバル化についてお話をされました。

 今やSNSの発展、全世界の国際化により、世界規模でのグローバル化が活発になってきています。
 これは地球規模で経済が活発化することに繋がり、多国籍企業がヒト・モノ・カネを動かす世の中になりつつあると言うことです。
しかし、グローバル化によって、人々の幸せで豊かな暮らしが実現されるとは考えづらく、むしろそれは地域の衰退を促進してしまう要因になっていると指摘されました。
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 経済のグローバル化により、地域に根ざし発展していった企業がどんどんと海外へ進出する動きが起こり、結果、その地域で働いていた人達の雇用がなくなり、地域の税収も悪化して人が働くところがなくなり、人が生活できず、地域を離れ、税収も減少し、地域が維持できないという悪循環に陥ってしまいました。
 そして、賃金格差が起こり、人々の格差が大きくなってしまいました。いわゆる産業の空洞化です。
 最近世界を騒がせている、トランプ大統領の当選も、イギリスのEU離脱が起こったのも、このグローバル化により、貧困に陥った人々が、格差を改善して欲しいという強い想いの下に起こった出来事だと考えられます。

 また、安倍政権の金融政策は大企業優先の金融政策であり、日本経済を担っているのは中小企業であるということを国がもっと認識しなければならないとも。
 そもそも、社会の教科書では戦後の日本の高度経済成長は大企業の輸出により実現したと書かれていますが、詳しくデータを調べたところ、輸出による増加寄与度は、輸入のそれを引くとたったの0.3%で、実際はほとんど内需で発展したという結果が出ています。しかも、高度経済成長を支えたのは所得面でも国内の中小企業であったということです。この事実からしても、日本の99%以上が中小企業であるという現状からも、中小企業の発展こそ、日本経済の発展に繋がるという事実を国が認識するように、われわれが声を出して訴えなければならないとも強調されました。

 このことは地域衰退を防ぎ、地域を維持・発展していくことにも繋がるとして、地域の維持・発展を考える上で、重要な地域内経済循環の環境づくりについて問題提起されました。

 本社が東京、大阪などの都市圏に本社を置く事業所が立地地域でどれだけ売り上げを上げようと、結局は本社のある東京や大阪へ所得が流れてしまうという、地域内経済の循環に深刻な問題が起きています。
事実、日本全体の5割の法人所得が東京へ集中しているそうです。
 つまり、地域で生産、消費されたお金が地域内で循環せず、東京都心部へ流出してしまう。そこで重要なのは、個々の地域で地域内再投資ができる環境をつくり、地域で使ったお金をその地域内で循環させるシステムをつくらない限り、地域は衰退し消滅してしまうと言うことです。

 地域内経済循環のシステムを確立させ、地域を復興に導いたモデル地域は、大分県の湯布院であると紹介されました。湯布院では大分県中部地震後、地域の中小企業経営者が「明日の湯布院をつくる会」という勉強会を立ち上げました。そこでは、どういった湯布院をつくるかについて日々議論し、理想の地域像を語り合いました。
 その中で意見として上がったのは「別府市のようにはしたくない」ということ。別府市では、宿泊、レストラン、遊び場まで全てを別府市内の大型ホテルで設け、観光客を囲い込んでいました。結果、ホテルから観光客が出ることはなく、市街地には昼間でも人がいない状態になってしまったようです。
 「湯布院はそういった町にはしたくない」との思いで、湯布院の中小企業事業者達は、足元の宝物調査を始めました。湯布院には多くの農村景観があり、それを整備し、観光の力にすること。地元で作られた、付加価値の高い無農薬農作物などを地元の旅館などが高値で購入し、農村景観を守りながら農作物を地域内で消費し農地や農村景観行政と連携しながら維持しました。
 また観光で来る連泊客を独占しない、湯布院のいろいろな旅館に泊まってもらうことにし、観光客の独占をやめ「泊食分離」をすすめました。農村景観が維持され、また各旅館や飲食店が協力することで観光客の満足度も上がり、95年のバブル崩壊後、他の町は観光客が激減しても湯布院だけは観光客数、観光消費額、農産物生産額、商品販売額がどれも増加したのです。企業と農家が連携し、地域内経済循環を確立させることにより、景気に左右されない、強靭な地域経済を確立することに成功したのです。

 地域内経済循環の環境をつくり上げるためには、地域自治体の協力も不可欠だとも。自治体は地域の住民からの税収により、大きな財源を持っています。それを地域内の中小企業へ分配すれば、地域を担う中小企業が発展し、地域の維持・発展に繋がります。そのためには、地域の中小企業事業者がしっかりと要望を声に出して自治体へ届ける活動を行うことが重要です。

 最後に岡田氏は、以上のことより、中小企業家同友会が掲げている理念、労使見解こそ今の時代に求められているものであり、理念に共感する中小企業経営者が増えることにより、地域の復興、経済の面での発展が展望できると強調されました。

 何故、震災後いち早く中小企業事業者が復興に取り組んだのか?事業再開をすぐに行ったのか?

ここでおもしろいデータがあります。

 東日本大震災後、帝国データバンクが調べた震災後の中小企業の事業再開率は、宮城県、岩手県で80%、福島県では40%でしたが、中小企業家同友会に所属している被災地企業の事業再開率は90%以上でした。それは、中小企業家同友会が理念に掲げている「国民や地域と共に歩む中小企業をめざす」に共感し、経営者として、地域を守らなければならないという意識、そして労使見解で述べられている、社員はパートナーであり、社員の生活や家族を守るのは経営者の責任であるという意識が、経営者をいち早く事業再開しなければならないという思いにさせたのだと岡田氏は現地調査に入った際に同友会のメンバーより聞かされたのだそうです。
 また京都同友会が行った経営景況調査では、社員みんなで経営指針をつくり、それを実践している企業ほど、景況調査の結果が良かったというデータが出されており、中小企業家同友会が推進する指針経営の実効性も証明されております。

 岡田氏の講演を通して、今の世の中の情勢不安や経済困難を解決する鍵は、同友会理念に基づいた企業づくり実践している中小企業家の仲間を増やすことが何よりも大切であることを改めて確認することが出来ました。(記 事務局員 前川 崚)